■ 熊野の歌 |
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◆ 拾遺和歌集 |
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『拾遺和歌集』は、『古今和歌集』『後撰和歌集』に継ぐ第三の勅撰集(1005〜1006に成立)で、一条天皇の御代に花山上皇が自らの手で編纂した特異な勅撰集です(普通は、天皇が歌人に命じて編纂させます)。 1.柿本人麻呂(生没年未詳)の歌。
(柿本人麻呂 巻第十一 恋一 668)
この歌は『万葉集』巻第四の496の歌の異伝。ほんの少し違います。 2.三十六歌仙のひとり、平兼盛(たいらのかねもり。?〜990)の歌。
(巻第十四 恋四 890)
「み熊野の浦の浜木綿」は「百重なる」や「幾重なる」などの序詞。
上の画像は新宮市三輪崎の孔島(くしま)で7月上旬に撮影した浜木綿です。孔島は浜木綿の群生地として知られています。 「熊野」の語を含む歌は以上の2首のみですが、熊野のなかにある地名を探してみると、「音無の川」が1首ありました。 3.三十六歌仙のひとり、清原元輔(きよはらのもとすけ。908〜990)の歌。
(巻第十二 恋二 750)
「音無の川」は紀伊の国の歌枕。名が音を立てないことを連想させます。 河は、飛鳥川、淵瀬も定めなく、今後どうなるのだろうかと趣がある。大井河。音無川。水無瀬川。 その前段、五八段には、 滝は、音なしの滝。布留の滝は、法皇の御覧においでになったのがすばらしい。那智の滝は熊野にあると聞くのが趣がある。とどろきの滝はどんなにかしがましく、おそろしいのだろう。 と、「音無の滝」の名が滝の一番最初に挙げられています。 『拾遺和歌集』に戻り、先の歌の1首前に置かれた歌には「音無の里」というのが出てきます。これは、おそらく本宮町の音無川の近くの里ではないかと推測されますが、じつのところ、どこにあったのかわかりません。全く違う場所にあったのかもしれません。が、とりあえず、ご紹介しておきます。 4.作者は不詳。
(巻第十二 恋二 749)
『拾遺和歌集』が編纂された時代は、まだ熊野詣が盛んになる以前。熊野での歌や熊野詣の道中での歌はないようですが、もしかしたら見落としがあるのかもしれません。もし他にありましたら、メールや掲示板にてお知らせください。 (てつ) 2001.8.5 更新 ◆ 参考文献 |
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