■ 熊野の歌

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◆ 拾遺和歌集


 『拾遺和歌集』は、『古今和歌集』『後撰和歌集』に継ぐ第三の勅撰集(1005〜1006に成立)で、一条天皇の御代に花山上皇が自らの手で編纂した特異な勅撰集です(普通は、天皇が歌人に命じて編纂させます)。
 この『拾遺和歌集』は、『万葉集』も含め、当代までの1351首を収載。紀貫之、柿本人麻呂の作品が圧倒的に多く、ともに百首をこえています。
 『拾遺和歌集』二十巻1351首のうち、「熊野」の語を含むものは2首。

1.柿本人麻呂(生没年未詳)の歌。

熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)百重(ももへ)なる心は思へどただに逢はぬかも

柿本人麻呂 巻第十一 恋一 668)

熊野の浦の浜木綿の葉が幾重にも重なっているように、幾重にも幾重にも百重にもあなたのことを思っていますが、直接には会えないことだ。

 この歌は『万葉集』巻第四の496の歌の異伝。ほんの少し違います。

2.三十六歌仙のひとり、平兼盛(たいらのかねもり。?〜990)の歌。

屏風にみ熊野の形描きたる所      兼盛

さしながら人の心を見熊野の浦の浜木綿幾重なるらん

(巻第十四 恋四 890)

ありありとあなたの心を見てしまった。み熊野の浦の浜木綿の葉が幾重にも重なっているように、あなたの私を隔てる心の壁は幾重にもなっているのだろう。

 「み熊野の浦の浜木綿」は「百重なる」や「幾重なる」などの序詞。
 浜木綿は、ハマオモトのこと。海辺に生えるヒガンバナ科の多年草。花が、木綿(ゆう。コウゾの皮の繊維で作った白い布)でできているかのように見えることから浜木綿
(はまゆう)というそうです。幾重にも葉が重なっているので、「百重なる」などを起こす序詞になりました。

 上の画像は新宮市三輪崎孔島(くしま)で7月上旬に撮影した浜木綿です。孔島は浜木綿の群生地として知られています。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 「熊野」の語を含む歌は以上の2首のみですが、熊野のなかにある地名を探してみると、「音無の川」が1首ありました。
 
音無川は、本宮町を流れ、熊野本宮大社旧社地にて熊野川に注ぎます(明治22年の水害で流されるまでは、本宮は熊野川・音無川・岩田川の合流する中州にありました)。熊野詣の人々は、この川を徒渉して、本宮にのぞむ最後の禊としました。

3.三十六歌仙のひとり、清原元輔(きよはらのもとすけ。908〜990)の歌。

しのびて懸想し侍ける女のもとに遣はしける     元輔

音無の川とぞついに流(ながれ)ける 言はで物思(おもふ)人の涙は

(巻第十二 恋二 750)

音無の川となってとうとう流れてしまった。口にすることもなく恋に物思う人の涙は。

 「音無の川」は紀伊の国の歌枕。名が音を立てないことを連想させます。
 この歌の詠み手、清原元輔は清少納言の父で、娘の清少納言も『枕草子』に音無川のことを記しています。五九段、

 河は、飛鳥川、淵瀬も定めなく、今後どうなるのだろうかと趣がある。大井河。音無川。水無瀬川。

 その前段、五八段には、

 滝は、音なしの滝。布留の滝は、法皇の御覧においでになったのがすばらしい。那智の滝は熊野にあると聞くのが趣がある。とどろきの滝はどんなにかしがましく、おそろしいのだろう。

 と、「音無の滝」の名が滝の一番最初に挙げられています。
 音無の滝はかつて音無川にあった滝らしいです。現在、それらしき滝は見当たりません。
 那智の滝は、熊野三山のひとつ、那智にある落差133mの日本一の直瀑です。

 『拾遺和歌集』に戻り、先の歌の1首前に置かれた歌には「音無の里」というのが出てきます。これは、おそらく本宮町の音無川の近くの里ではないかと推測されますが、じつのところ、どこにあったのかわかりません。全く違う場所にあったのかもしれません。が、とりあえず、ご紹介しておきます。

4.作者は不詳。

(こひ)わびぬ音(ね)をだに泣かむ声立てていづこなるらん音無の里

(巻第十二 恋二 749)

もう恋の思いを耐え忍ぶ気力も失せてしまった。せめて声を立てて泣こう。どこにあるのだろうか、音が聞こえないという「音無の里」は。

 『拾遺和歌集』が編纂された時代は、まだ熊野詣が盛んになる以前。熊野での歌や熊野詣の道中での歌はないようですが、もしかしたら見落としがあるのかもしれません。もし他にありましたら、メールや掲示板にてお知らせください。

(てつ)

2001.8.5 更新
2001.9.17 更新
2002.7.13 更新

 ◆ 参考文献

新日本古典文学大系7『拾遺和歌集』岩波書店
新日本古典文学大系25『枕草子』岩波書店

 

 

■『拾遺集』に登場する熊野の地名
・熊野…2首
音無の川…1首
音無の里…1首

■歌の作者
柿本人麻呂…1首
・平兼盛…1首
・清原元輔…1首
・作者不詳…1首

■勅撰和歌集とは
 天皇や上皇の命令によりまとめられた和歌集のことをいいます。
 10世紀初めに成立した最初の『古今和歌集』から15世紀前半の『新続古今和歌集』まで21集があります。順に並べると、

1. 古今和歌集
 (醍醐天皇)
2. 後撰和歌集
 (村上天皇)
3. 拾遺和歌集
 (花山院
4. 後拾遺和歌集
 (白河天皇
5. 金葉和歌集
 (白河院
6. 詞花和歌集
 (崇徳院
7. 千載和歌集
 (後白河院
8. 新古今和歌集
 (後鳥羽院
9. 新勅撰和歌集
 (後堀河天皇)
10. 続後撰和歌集
 (後嵯峨院
11. 続古今和歌集
 (後嵯峨院
12. 続拾遺和歌集
 (亀山院)
13. 新後撰和歌集
 (後宇多院)
14. 玉葉和歌集
 (伏見院)
15. 続千載和歌集
 (後宇多院)
16. 続後拾遺和歌集
 (後醍醐天皇)
17. 風雅和歌集
 (花園院)
18. 新千載和歌集
 (後光厳院)
19. 新拾遺和歌集
 (後光厳院)
20. 新後拾遺和歌集
 (後円融院)
21. 新続古今和歌集
 (後花園天皇)

となり、1〜3を三代集、1〜8を八代集、9〜21を十三代集、全部をまとめて二十一代集といいます。

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