■ 熊野の歌

 み熊野トップ>熊野の歌

カスタム検索

◆ 風雅和歌集


 『風雅和歌集』は室町前期に編纂された第17番目の勅撰和歌集です。
 花園院の監修で、光厳院の親撰。貞和五年(1349)ごろ成立しました。

 『風雅和歌集』二十巻2200余首のうちに、歌の本文や詞書、左注まで含めて4首、「熊野」が登場する歌があります。

1.巻第十七 雑歌下 2006(旧1996) 建礼門院右京大夫の歌

左近中将維盛、熊野浦にてうせにけるよしききてよみ侍りける/建礼門院右京大夫

かなしくもかかるうきめをみくまののうらわの浪に身をしづめける

(訳)悲しくもこのような憂き目を見て、み熊野の海岸の波に身を沈めたのだなあ。

建礼門院右京大夫ファンサイト

2.第十九 神祇歌 2108(旧2098) 後白河院の歌

有漏よりも無漏に入りぬるみちなれば 是ぞ仏のみもとなるべき

此歌は、後白川院熊野の御幸卅三度になりけるとき、みもとといふ所にてつげ申させたまひけるとなん

(訳)有漏(うろ。煩悩のある状態)から無漏(むろ。煩悩のない境地)に入る道であるので、こここそ仏の身許であるにちがいない。

3.第十九 神祇歌 2109(旧2099) 熊野権現の歌

もとよりも塵にまじはる神なれば 月のさはりもなにかくるしき

是は、和泉式部熊野へまうでたりけるに、さはりにて奉幣かなはざりけるに、はれやらぬ身のうきくものたなびきて月のさはりとなるぞかなしき、とよみてねたりける夜の夢に、つげさせ給ひけるとなむ

(訳)もとより俗塵に交じっている神であるので、生理中でも気にすることはありません。いらっしゃい。

和泉式部が熊野に詣でたときに生理になってお参りできずに「こんなときに生理になって悲しい」と歌に詠んで寝た夜の夢のなかで熊野権現が返した歌。
かつては女性の生理は不浄なものとされ、生理中の女性は神域への立ち入りを禁じられた。

4.第十九 神祇歌 2150(旧2140)

熊野にまうでて、三の山の御正体をたてまつるとてよみ侍りける/源有長朝臣

かずかずに身にそふかげと てらしみよ みがく鏡にうつすこころを

(訳) 照らして見よ。磨く鏡に映す心を。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 『風雅集』から見つけられた熊野関連の歌は以上の4首。もしかしたら見落としがあるのかもしれませんので、もし他にありましたら、メールや掲示板にてお知らせください。

(てつ)
2006.3.13 UP

 ◆ 参考文献

『新編国歌大観 第一巻 勅撰集編 歌集』角川書店

Loading...
Loading...

■『風雅集』に登場する熊野の地名
・熊野…5ケ所
 内、
 み熊野の浦
  (熊野浦)…2

■歌の作者
建礼門院右京大夫…1首
後白河院…1首
熊野権現…1首
・源有長…1首

■勅撰和歌集とは:
 天皇や上皇の命令によりまとめられた和歌集のことをいいます。
 10世紀初めに成立した最初の『古今和歌集』から15世紀前半の『新続古今和歌集』まで21集があります。順に並べると、

1. 古今和歌集
 (醍醐天皇)
2. 後撰和歌集
 (村上天皇)
3. 拾遺和歌集
 (花山院
4. 後拾遺和歌集
 (白河天皇
5. 金葉和歌集
 (白河院
6. 詞花和歌集
 (崇徳院
7. 千載和歌集
 (後白河院
8. 新古今和歌集
 (後鳥羽院
9. 新勅撰和歌集
 (後堀河天皇)
10. 続後撰和歌集
 (後嵯峨院
11. 続古今和歌集
 (後嵯峨院
12. 続拾遺和歌集
 (亀山院)
13. 新後撰和歌集
 (後宇多院)
14. 玉葉和歌集
 (伏見院)
15. 続千載和歌集
 (後宇多院)
16. 続後拾遺和歌集
 (後醍醐天皇)
17. 風雅和歌集
 (花園院)
18. 新千載和歌集
 (後光厳院)
19. 新拾遺和歌集
 (後光厳院)
20. 新後拾遺和歌集
 (後円融院)
21. 新続古今和歌集
 (後花園天皇)

となり、1〜3を三代集、1〜8を八代集、9〜21を十三代集、全部をまとめて二十一代集といいます。

楽天おすすめ商品

 

 


み熊野トップ>熊野の歌