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◆ プチ熊野古道歩き「中辺路(発心門→熊野本宮大社)」〜てつの熊野古道歩きレポート〜 |
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しばらくぶりに熊野古道を歩きました。 「中辺路(発心門王子 → 熊野本宮大社旧社地)」は全体的にはなだらかな下りとなっているコースで、約8km、徒歩2時間30分ほどの距離です。普通の体力がある人であれば、まず問題なく歩くことができると思います。
熊野本宮大社近辺の熊野古道「中辺路」● 発心門王子 → 熊野本宮大社旧社地(約2時間30分コース) 発心門王子バス停 → 発心門王子 → 水呑王子 → 伏拝王子 → 祓戸王子 → 熊野本宮大社 → 本宮大社前バス停 → 熊野本宮大社旧社地 ※アクセス 2008年11月4日(火)晴れ 熊野本宮大社を8時19分発の発心門王子(ほっしんもんおうじ)行きの龍神バスに乗車。午前8時37分に、発心門王子バス停に到着。乗車時間はおよそ18分。運賃は450円(1日1便の住民バスは乗車時間はおよそ25分、運賃は200円)。 発心門王子にお参り。
中世には、この近くに「発心門」と呼ばれた大鳥居がありました。 建仁元年(1201年)の藤原定家(1162 〜1241)の『後鳥羽院熊野御幸記』には、 この王子の宝前は殊に信心を発こす。紅葉が風に翻る。宝殿の上には4〜5尺の木が隙間無く枝を広げている。多くは紅葉である。社の後に、尼の南無房の堂がある。この堂の内にまた一首書き付けた。後で、ここの尼が制止して物を書かせない云々と聞いた。知らないで書いてしまった。 というようなことが書かれてあります。発心門王子の裏手が南無房宅跡とされ、発心門王子社跡とともに国の史跡に指定されています。
8時50分、発心門王子を出発。バスで来た道を少し戻り、それから右手の細い道に入ります。
少し行くと休憩所とトイレがあります(次にトイレがあるのは約1時間後にたどりつく伏拝王子です)。62番の道標。8時55分。
道標は滝尻から500mごとに置かれた道標で、滝尻王子が1番。本宮大社の裏の鳥居のすぐ近くの祓戸王子に最後の75番があります。
発心門(地元の人は「ほっしんもん」ではなく「ほっしんぼ」という)の集落を通り、再びバスで通って来た道に出ます。9時5分。発心門バス停があります。
少し行って右手の道へ。
64番の道標。9時11分。
分校跡。65番の道標。9時19分。
もと校舎の横に水呑王子があります。1723年(享保8年)に紀州藩主徳川宗直が緑泥片岩の碑が残されています。この碑の背後の山から道路付近一帯が水呑王子の旧社地であったといわれています。
今までずっと舗装された道を歩いてきましたが、土の道に入ります。桧や杉の人工林。林齢は30年生くらいでしょうか。
66番の道標。9時29分。
67番の道標。9時38分。林を抜けて伏拝(ふしおがみ)の集落に出ます。
再び舗装された道。伏拝の集落を歩きます。
68番の道標。こんな山の上に井戸があるのが不思議(菊水という地区なので菊水井戸という)。9時48分。
9時56分。和歌山県と奈良県の県境となっている果無山脈。下の写真中央が百前森山。山頂が平坦な広い場所になっていて、昔侍達が酒盛をしたとき、100人の膳が並んだことからこの呼び名がおこったと言われています。 旧三里村にある富士山に似た山ということで「三里富士」と称されます。
ちょっとの間、土の道を歩いて、伏拝王子到着。10時2分。休憩所とトイレがあります。発心門王子を出発して伏拝王子までおよそ1時間10分で歩きました。
ここから先は中辺路(伏拝〜本宮)をお読みください。伏拝王子から熊野本宮大社までは1時間10分ほどです。伏拝王子には休憩所とトイレがあります。伏拝王子を過ぎたらトイレは熊野本宮大社までありません。 道しるべがあるので、道に迷うことはないと思いますが、地図を携帯されることをお忘れなく。 (てつ) 2008.11.5 UP ◆ 参考文献
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