■ 熊野古道 熊野九十九王子 |
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◆ 滝尻王子(たきじりおうじ) 和歌山県田辺市中辺路町栗栖川 |
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富田川はかつて岩田川と呼ばれ、熊野詣の重要な垢離場(こりば)のひとつでした。 道者が初めて岩田川に出会う稲葉根(いなばね)王子から熊野の霊域の入り口である滝尻王子まで、道者は十何度と岩田川を徒渉しました。 滝尻王子に入る前にも川の流れに身を浄めなければなりませんが、ここでは岩田川(富田川)と石船川の二つの川が合流しています。仁和寺所蔵の熊野縁起には、 滝尻で水浴する事は、右河は観音を念じて浴す、左河は薬師を念じて沐す。 とあるそうで、右の川(岩田川)は観音菩薩の補陀落浄土から落ちてくる水であり、左の川(石船川)は薬師如来の浄瑠璃浄土から落ちてくる水であると念じて水浴せよ、と滝尻でとる垢離の心構えを記しています。 岩田川と石船川の清らかな水に心身を清めた後に、道者は滝尻王子の社地に入りました。王子社では、奉幣や経供養、神楽の奉納などがを行われました。後鳥羽上皇の御幸の際には和歌の会も催されました。 28回もの熊野御幸を行った後鳥羽上皇は御幸の際に所々の王子で和歌の会を催しました。 熊野本宮への道は王子社の左手の剣山と呼ばれる裏山にあり、その急な坂道を登っていくと、「胎内くぐり」と呼ばれる穴の開いた岩があり、その上方に乳岩(ちちいわ)と呼ばれる岩屋があります。乳岩に関しては次のような話が伝わっています。 奥州平泉の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)が、妻が身籠ったお礼に熊野参詣した。 道者は熊野の霊域に入ってすぐに熊野の神の霊験を物語る場所に出会い、とうとう熊野に入ったのだという感慨を胸に抱いたのではないでしょうか。 奥州平泉の鎮守府将軍・藤原秀衡が建立した七堂伽藍は秀衡堂とも呼ばれ、秀衡はその伽藍の維持費にと黄金を壺に入れて近くに埋めたと伝えられますが、秀吉の紀州攻めで七堂伽藍は破壊され、現在は跡形もありません。 (てつ) 2003.1.23 UP ◆ 参考文献
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