■ 熊野の歌 |
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◆ 平忠度 |
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熊野のことを詠んでいるわけではないのですが、熊野出身の歌人ということでご紹介いたします。 平忠度(たいらのただのり:?〜1184)は、平忠盛の六男。清盛の異母弟。薩摩守(さつまのかみ)。武芸にも歌道にも優れた武将でした。妻は第18代熊野別当湛快(たんかい)の娘で、湛増(たんぞう)の妹。 忠度は歌人として名高く、「よみ人知らず」として入集した『千載和歌集』の1首を含めると勅撰和歌集に11首入集しています。平家一門としては父親の忠盛が17首、兄の経盛が12首、勅撰集に入集しており、忠度の11首はそれに継ぐものです。
忠度が一の谷合戦にて岡部六弥太に討ち取られたとき、忠度は名を明かさなかったのですが、箙(えびら)に結びつけられたふみに、この歌が書かれていて「忠度」と名が記されていたので忠度だと判明し、忠度が討たれたことを知った者は、敵も味方もその死を惜しんだ、と『平家物語』では語られます。 以下、勅撰集より11首。 1.『千載和歌集』より1首(巻第一 春歌上 66)。
都落ちの際、忠度は途中で引き返し、和歌の師である藤原俊成の屋敷へ赴き、自作の歌100首ほどを書きつけた巻物を俊成に託して、1首なりとも勅撰集に採用してほしいと願って立ち去り、その後、一の谷にて壮絶な戦死を遂げました。 2.『新勅撰和歌集』より1首(巻第十三 恋歌三 854)。
3〜6.『玉葉和歌集』より4首。
4.(巻第九 恋歌一 1391)
5.(巻第九 恋歌一 1338)
6.(第十八 雑歌五 2554)。
7.『続後拾遺和歌集』より1首(巻第三 夏歌 171)。
8〜9.『風雅和歌集』より2首。
9.(巻第十八 釈教歌 1058)
10〜11.『新拾遺和歌集』より2首。
11.(巻第十二 恋歌二 1090)
よくわからないまま訳している箇所もあります。おかしな点などございましたら、ご教授いただけたら嬉しいです。 熊野のことを詠んだかもしれない歌が1首ありました。
玉の浦については諸説がありますが、和歌山県那智勝浦町粉白から浦神にかけての入り江を玉の浦と呼びます。 (てつ) 2011.9.1 UP ◆ 参考文献
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