■ 熊野の説話 |
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◆ 弁慶物語1 弁慶誕生 |
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源義経の従者のひとり、武蔵坊弁慶。 様々な物語で語られる弁慶は、その誕生の仕方からして異常です。 『義経記』では、熊野別当弁しょうが、熊野詣に来ていた貴族の姫君に一目惚れし、姫君を強奪して強引に結婚して、妊娠させ、弁慶を生ませたとします。弁慶が母の胎内にあること、18ヶ月。2〜3歳児ほどの体つきで、髪も肩を隠すほどに長く、歯も生え揃っているという異様な姿で弁慶は誕生したとされます。 さて、それでは、『弁慶物語』の始まり、始まり。 竜が吟ずると、雲が起こる。鶴には及びもつかないことである。虎が吠えると、風が騒ぐ。ミミズのなし得ることではない。稲妻や朝露、石を打って出る火のようにはかない世の中であるので、災わいや不思議なことが起こることは多いといえども、比叡山延暦寺の西塔の武蔵坊弁慶が少しでもいた所に、いさかいの起こらないことのないほうが不思議である。 そもそも、この武蔵坊と申す者は熊野の別当・弁心の子である。この弁心、いかなる前世の執着があったのだろうか、40代後半になるまで男子でも女子でも、子というものがひとりもなかった。 普通の人は9ヶ月10ヶ月を限りとするのに、この人は10ヶ月20ヶ月を過ぎ、3年かかって生まれた。姿を見れば、非常に度を越えて恐ろしく、普通の人の3歳ほどの姿である。髪は首まで生え下がり、目は猫の目と同じである。歯は生えそろい、足手の筋がさし表れ、伏していたのが起き上がり、東西をきっと見て、「ああ明るい」と言って、からからと笑った。 弁慶生誕の地と伝えられる場所は三重県南牟婁郡紀宝町鮒田(ふなだ)にあり、そこには「弁慶産屋之楠」と刻まれた石碑が建てられています。 弁心はこの様子をご覧になって「ふさわしくない申し子をしたので、鬼子(おにご。生まれつき姿形が異様な子)を頂戴したことの情けなさよ」と言って、腰の刀を抜き、もう殺そうとされたので、慈悲の憐れさに母は、弁心の袖にすがって、 「少しの間、ものを申します。お聞きになってください。老子という人は70年もの間、母の胎内にいて、鬢やヒゲが白くなって生まれたと承ります。ましてや、3年の間の春秋を送ったことなので、ものを言うのが当然です。 と歎き説得なさると、弁心もさすがに恩愛の悲しみを思って、「そうであるならば、いかようにも」と言って、乳房をさえもあたえず、深山にお捨てになった。 7日が経ち、「むごいことだ。今はもう狐や狼にでも喰われているであろう。もし死骸でも残っていたならば取り集めて、供養せよ」と言って、人を遣わせたところ、死んでいるということはまったくなく、木の実を拾って飲食し、制する人もいなかったので、思いのままに遊び狂っていたところに、使いが来ているのを見て、「お前は迎えに来たのか。連れていけ」と言って、追いかけた。 このように言う声、耳に応えて恐ろしく、やっとのことで逃げのび、弁心の前で息をきらせ、汗を流し、ものを申し上げさえもしなかったので、「どうした、どうした」と尋ねられて申し上げるには、「ああ、いとわしい。この山に鬼がひとりいる。私を見て追ってくるのを、やっとのことで逃げのびてきました。まさしく以前の幼少の者でございます」と申し上げると、弁心ははなはだよくないことだとお思いになり、「以前に殺すべきであったものを」と後悔されたけれども、仕方がない。 女房は嘆かわしく思ったのだろう、沈み伏しんいなさる。その後、恐れ、「行こう」と申し上げる人もいない。まことに、若一王子の御氏子であるので、狐や狼も守護したのか、人跡絶えた山で21日も日を送ったけれども、相違もなく、今さら、いにしえの因位の事(因位は原因となるものの状態のこと。若一王子が神となる以前のことを指すのか)まで思い出されて哀れである。 若一王子の神の前世は、中天竺の摩訶陀国(まかだこく)の善財王の王子。この王子の誕生の仕方も異常です。 この王子が若一王子となり、母女御は結宮(むすびのみや。那智の主神)、善財王は速玉宮(はやたまのみや。新宮の主神)、上人が証誠殿(しょうじょうでん。本宮の主神)となったと熊野権現の縁起譚では語られます。 その頃、都に五条の大納言と申し上げる人がいらっしゃった。これもひとりも子のないことを悲しみ、子を授かって死後の安楽を祈ってもらうために、若一王子に参り申し子をしなさると、7日めに示顕があって、「氏子をひとり我が山に捨てて置いてある。拾って養育すれば、今生のことはわからないが、後生は必ず助かるはずである」と夢想のお告げがあった。夢から醒め、急ぎ出発して、深山に入って尋ねたところ、幼い者に行き会った。 たいへん喜び、抱いて、都に上り、見た目の顔かたちは非常に度を越えて悪いけれども、王子より頂戴した子であるのでと言って、若一(わかいち。「にゃくいち」とする本もある。『義経記』では鬼若(おにわか)とする)殿と名をお名付けになった。成長いするに従って、器量骨柄、心の様子が優れているように見えるようになった。 とりあえず、今回はここまで。 (てつ) 2003.5.24 UP ◆ 参考文献
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