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◆ 熊野神社(桜の宮)(くまのじんじゃ、さくらのみや)  和歌山県西牟婁郡白浜町才野


 JR紀伊富田駅から1〜2kmくらい行った、「権現平」と呼ばれる、海に迫った小高い山の上の平坦地に鎮座する熊野神社です。
 風光明美な場所で、神社の背後には8基の古墳が点在しています。
 「権現平古墳群」と総称されるそれらの古墳はいずれも竪穴式石室の円墳で、古墳時代中期のものと考えられています。この古墳群中最大のものは直径約21m、高さ約5m。県下最南の古墳群だそうです。
 また、この熊野神社は桜の名所として知られ、「桜の宮」とも称されていました。

 明治34年(1901)、才野地区から6人が北米に移住することになり、それを記念して参道に山桜を植樹しました。
 その山桜が大正時代に入って大木となり、熊野神社の参道は春になると、花のトンネルができました。熊野神社は「桜の宮」と呼ばれるほどの桜の名所となりました。
 昭和に入って、道路が整備され、鉄道が開通されると、桜の時期には大勢の花見客が押し寄せるようになりました。毎年4月15日に行われる例大祭の日には田辺駅から臨時列車が運行されるほどのにぎわいを見せたそうです。


神社名が刻まれた石柱の
底部が桜の花の形をしています

 桜の研究家として知られる笹部新太郎(ささべしんたろう。1887〜1978)は、戦前、この神社の参道の桜並木を調査し、その山桜のすばらしさに感激し、71歳で出版した自叙伝『櫻男行状』でも「その花の佳さは私の知るかぎり群を抜いていた」「この桜こそ今日以後の日本の桜の品種改良の基礎となるものと密かに思い定めた」と絶賛しているほどです。

 しかし、戦後、食料増産のために権現平の山桜はことごとく伐採され、田畑に変えられてしまったそうです。
 笹部新太郎はこのことを聞いて、「おそらく、もう日本の何処にもこれに代わるほどの桜は見当たるまいと思うにつけただ茫然とした」とショックを受けたことを『櫻男行状』に記しています。

 昭和27年(1952)から地元の青年たちをが中心になり、「桜の宮」復活を目指して植樹活動が再開され、現在では数百本の桜が春には花を咲かせます。

 ことごとく伐採されてしまったといわれていた紀州権現平桜ですが、熊野神社で採取された実を、兵庫県西宮市在住の久野友博氏(1922〜1995)が育てたところ、権現桜の特徴を備えたものに成長しました。
 平成になって、久野友博氏が育てた山桜から、兵庫県西宮市の植物生産研究センターが、バイオ技術により、一気に500本もの苗を作ることに成功し、「西宮権現桜」と名付け、市内各地に植樹しました。その西宮で増やされた権現桜が平成6年には権現平の熊野神社に里帰りを果たしています。

 今の桜が大木となる数十年後の、復活なった「桜の宮」がとても楽しみです。

 権現平には他に、金刀比羅神社という熊野権現が本宮に鎮座する以前に鎮座したとされる神社もありますので、御一緒にお参りされるとよいと思います。

 桜の季節の写真はこちら

(てつ)

2003.4.5 UP

アクセス:JR紀伊富田駅から徒歩40分くらい(?)
駐車スペースあり
Yahoo!地図情報

■参考サイト
六稜・大阪学講座「笹部桜考」

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