■ 熊野の説話 |
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◆ 伏拝王子、和泉式部 |
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熊野古道中辺路を歩き、熊野本宮大社まであと1時間ほどというところまで来た伏拝(ふしおがみ)という場所に伏拝王子(ふしおがみおうじ。王子とは熊野権現の御子神。熊野権現の分身のこと)があります。 和泉式部が熊野詣をして、伏拝の付近まで来たとき、にわかに月の障りとなった。これでは本宮参拝もできないと諦め、彼方に見える熊野本宮の森を伏し拝んで、歌を1首、詠んだ。 晴れやらぬ身のうき雲のたなびきて月のさわりとなるぞかなしき すると、その夜、式部の夢に熊野権現が現われて、 もろともに塵にまじはる神なれば月のさわりもなにかくるしき そう返歌したので、和泉式部はそのまま参詣することができたという。 歌の功徳によって神仏からご利益を受ける歌徳説話の一種です。 南北朝から室町時代にかけて、熊野信仰を全国に広めていったのは、神道でも修験道でもなく、一遍上人を開祖とする時衆(じしゅう)という仏教の一派の念仏聖たちでした。この和泉式部の伝説は、時衆の念仏聖たちが熊野の神は他の神様とはちょっと違うのだということをアピールするために作った物語のひとつなのだと思われます。 何が違うのかというと、熊野の神は、ハンセン病の患者であろうと、生理中の女性であろうと、およそ「浄不浄をきらはず」、受け入れるということです。いまの女性にとっては納得いかないことかもしれませんが、かつては女性の生理は不浄なものでした。 (てつ) ◆ 参考文献
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