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◆ 熊野権現和讃


 熊野新宮本願庵主文書より『熊野権現和讃』をご紹介いたします。
 和讃(わさん)は、仏や菩薩、経典や教義などに対して和語で誉め称える讃歌。

熊野権現和讃

帰命頂礼熊野山   日本第一大霊験
天下無双の勝地にて   利生不思議の宝所なり
抑(そもそも)権現十二所の   垂跡し給ふ志し
則ち十二因縁の   衆生を度せんが為なれば
実に熊野の三山は   三身如来の浄土なり
慈悲を国土に廻して 度すべき機縁を集めつつ
一切衆生を催して   菩提の縁をぞ結ばしむ

但し熊野は尋常の   山には非ずその故は
昔天照太神の   御時山海振動し
何しか天竺印度より   仏生国の東南方
金剛宝所の未申   片角闕けて日本へ
遷る所は大峯と   熊野山とぞ聞こへける
謂れる古仏菩薩は   功徳法門集めつつ
熊野の御山を作り出し   衆生を利益の依所とせり

現に寄特の勝跡の   霊地なりける故なれば
峯に栄る草木も   七宝の桜に異ならず
御前に流る法水は   八功徳池に相同じ
本宮御山の風の音   法性真如の理を調へ
新宮湊に立浪は   常楽我浄を唱たり
那智の御山の瀧の水   一乗醍醐の法味なり
是等の妙は金芳り皆   凡夫を救はん為なれば
権現昔の願により   跡を熊野に垂れ給ふ

謂れる大慈悲権現は   昔波羅奈国にして
誓願発して曰く   我もし難化の衆生を
周く度せん縁あらば   その国示して与へ給へ
落留まりてあるべしと   誓にて波羅奈国よりも
南に向て大権現   五の剱をぞ投げ給ふ
その時五の剱共に   日本この土に留まりぬ
則ち光を和らげて   濁世の塵にぞ交れる
応化は定める所なり   霊地をとてぞ住み給ふ
天神七代その中の   第六代に御座ます

面足惶根二神は これぞ熊野の両所なり
その姫宮の伊弉冉の   尊と申すを尋ぬれば
太神宮の御母なり   去れば天照太神は
則ち熊野の権現の   御孫なりける神なれば
毎年十二月の末   先ずは備の岩に座す
二十七日より始め   三ヶ日は本宮の
宝の台に坐して   高祖を敬い奉る

只諸の御神は   熊野権現の御神体
分ちて示顕し給へり   誠に熊野の権現の
誓ひを申せば馮しや   一切衆生悉く
現世を助くる耳ならず   浮世を殊更導けり
先ずはこの世の間には   人の願ひに任せつつ
寿福を与へ給へけり   さて又来世は必ずも
九品の台に引摂す   證誠殿は阿弥陀仏
両所は千手と薬師なり   若一王子は十一面

禅師の宮は地蔵尊   聖の宮は龍樹なり
児(ちご)の宮は如意輪尊   子守の本地は聖観音
一万十万これは又  普賢文殊の化身なり
勧請十五所釈迦仏   飛行夜叉は不動尊
米持金剛多聞天   満山護法は弥勒仏
飛瀧権現千手なり   神の蔵は愛染王
飛鳥の社は大威徳   方方多仏諸菩薩は
互に行化を助けんと   或は三所大権現
或は王子眷属と   現じて衆生を利益せり

過替の身をも憚らず   不思議利生の新なる
事を思ひて皆人は   夕部暁水結び
沐浴精進する度に   膚に積もる煩悩の
垢穢を除けば身も清し   朝夕部に宝号を
南無と唱へて拝には   心の塵も皆払ひ
善根則ち備りぬ   懸かる勤めに依ってこそ
二世の願ひも満ち給へ   さても熊野は極楽の
上品上生なりければ   歩を運ぶ輩の
御名を唱へて拝には   順次往生遂げにけり

夜昼守護を加ふれば   魔縁の妨げ退きて
一期の後は連台の   上にぞ迎へ取り給ふ
一度御山へ参る人   一仏浄土に到るべし
参らぬ人も権現を   仰げば利益に預りぬ
況や参詣重なりて   信力深き人は皆
歩を運ぶ跡毎に   宝の蓮も開くなり
拙き凡夫の妄見は   その花開くを見ざりけり

権現覚悟の知見には   照覧疑ひ無かりけり
弥誓ひも馮しや   誰かは願ひを懸けざらん
希しは大権現   本誓悲願を謬らず
衆生の願望満足し   哀愍納受を垂れ給へ

願以此功徳   回向諸衆生
皆由権現力   必生安楽国

    南無證誠大菩薩両所権現
        若一王子宝号百返

 和讃(わさん)は、仏・菩薩、祖師・先人の徳、経典・教義などに対して和語を用いてほめたたえる讃歌である。

(てつ)

2010.2.13 UP

 ◆ 参考文献

熊野本願文書研究会『熊野本願所史料』清文堂出版

 

 

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