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◆ 法橋行遍


 『新古今和歌集』に4首収められている歌人、法橋行遍(ほっきょう ぎょうへん)。

 行遍は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した熊野新宮の社僧だと考えられています。第19代熊野別当行範の六男で、母は鳥居禅尼。兄の行快と範命は第22代と第23代熊野別当。歌の道は西行に習いました。

 鎌倉時代中期に活躍した東寺四長者の1人で大僧正の行遍(1181年 - 1264年)とする説もありますが、熊野新宮の社僧とする説の方が有力。

 法橋は僧位で、行遍は最終的には法眼という位にまでなっています。

 以下、『新古今和歌集』より4首をご紹介いたします。

1.

なくなりたる人のかずを、そとばにかきて歌よみ侍りけるに

みし人はよにもなぎさのもしほ草 かきおくたびに袖ぞしほるる

(『新古今集』巻第八 哀傷歌 843)

(訳)親しくした人は亡くなってしまった。卒塔婆に書く度に袖が涙で濡れる。

2.

なごりをば庭の浅茅に留めおきて たれゆゑ君がすみうかれけん

(『新古今集』巻第十四 恋歌四 1290)

(訳)ここに住んでいた名残を庭の浅茅に留めおいて、誰のためにあの人はこの宿を後にして浮かれ出て行ったのであろうか。

3.

月あかきよ、定家朝臣にあひて侍りけるに、歌のみちに心ざしふかき事は、いつばかりの事にかと尋ね侍りければ、わかく侍りしとき、西行にひさしくあひともなひてきゝならひ侍りしよし申して、そのかみ申しし事などかたり侍りて、かへりて、あしたにつかはしける

あやしくぞかへさは月のくもりにし昔がたりによやふけにけむ

(『新古今集』巻第十六 雑歌上 1548)

(訳)不思議にも帰途には月が曇ってしまった。昔語りに夜を更かしたので、涙で曇ったのであろうか。
月が赤い夜に藤原定家に会い「歌道に志が深いのはいつからのことか」と尋ねられて、若いときに西行に習ったこと、西行が語ったことなどを語り、家に帰って、朝に定家に送った歌。

4.

たのみありて いまゆくすゑを待つ人や 過ぐる月日を嘆かざるらむ

(『新古今集』巻第十八 雑歌下 1839)

(訳)決定往生を頼みとしてこれから先の来迎を待っている人は、月日が過ぎて死期が近づくのを嘆かないのであろうか 。

 

(てつ)

2012.6.3 UP

 ◆ 参考文献

日本古典文学大系28『新古今和歌集』岩波書店
新日本古典文学大系11『新古今和歌集』岩波書店

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