■ 熊野の歌

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◆ 与謝野寛


 近代を代表する歌人で、与謝野晶子(よさのあきこ、1878〜1942)の夫である与謝野寛(よさのひろし、1873〜1935)。

 幸徳秋水らが天皇暗殺計画を企てたとして検挙された「大逆事件」で処刑された12人のひとり、熊野の人、新宮の医師、大石誠之助(おおいしせいのすけ、1867〜1911)の死を傷んで与謝野寛が作った詩。

誠之助の死

大石誠之助は死にました、
いい気味な、
機械に挟まれて死にました
人の名前に誠之助は沢山ある
然し、然し、
わたしの友達の誠之助は唯一人。
わたしはもうその誠之助に逢はれない、
なんの、構ふもんか、
機械に挟まれて死ぬやうな、
馬鹿な、大馬鹿な、わたしの一人の友達の誠之助。

それでも誠之助は死にました、
おお、死にました。

日本人で無かった誠之助、
立派な気ちがひの誠之助、
有ることか、無いことか、
神様を最初に無視した誠之助、
大逆無道な誠之助。

ほんにまあ、皆さん、いい気味な、
その誠之助は死にました。

誠之助と誠之助の一味が死んだので、
忠良な日本人は之から気楽に寝られます。
例えばTOLSTOIが歿んだので
世界に危険が断えたように。
おめでたう。

詩歌集『烏と雨』大正4年(1915)刊

 与謝野寛は大石誠之助から経済的な支援を受けていました。
 このような死を発表することは、当時としてはとても勇気のいることでした。

(てつ)

2010.2.22 UP

◆ 参考文献・参考サイト

みえ熊野学研究会編『熊野の文学と伝承』

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