■ 熊野の歌

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◆ 与謝野晶子


 近代を代表する女流歌人、与謝野晶子(よさのあきこ、1878〜1942)。
 与謝野晶子は、大正4年(1915)3月、衆議院選挙に出ることを決意した夫・与謝野寛(よさのひろし、1873〜1935)の選挙資金集めのために熊野を訪れました。このときに与謝野晶子が作った歌は66首だそうです。

 ここでは、大正5年(1916)に発行された与謝野晶子の第十三歌集『朱葉集(しゅようしゅう)』に収められた53首をご紹介します。『朱葉集』にはまだこの他にも熊野で作った歌があるのかもしれませんが、わかりませんでした。
 いちおう口語訳をしてみましたが、怪しい箇所もあり、わからない箇所もあります。何かお気づきの点などございましたら、ご教示ください。

かなしくもあらがふ力持たぬごと夜の海に来て船に身を置く

(訳)悲しいことだがあらがう力を持たないようだ。夜の海に来て船に身を置く。

船ゆれて紅茶の椀の匙鳴れはわがすすり泣聞くここちする

(訳)船が揺れて紅茶のティーカップのスプーンが鳴ると、私のすすり泣きを聞く心地がする。

翅負ひて天を舞ふべき日は来ずて夜の船室にわななくかわれ

(訳)羽を背負って天を舞う日は来ないと、夜の船室にわななくのか、私は。

船室は海の底にも似たりけり夜の更け行けば目上ぐるもなし

(訳)船室は海の底にも似ていることだ。夜が更けていくと目を上げることもない。

あぢきなし知らぬ男の息近し八畳ほどの夜の船室

(訳)情けないことだ。知らない男の息が近い八畳ほどの船室で夜を過ごすとは。

風立てば人うち転ぶけうとさが枕上なりわが夜の船

(訳)風が立つと人が転ぶうとましさ。それが私の夜の船室の枕上。

小さなる夜の汽船にあるここち忘れむ世なきここちこそすれ

(訳)小さな夜の汽船にいる 

船室にうら安げなる顔なしとうちも思ふが慰めなるや

(訳)船室に安らかな顔はないと内心でも思うのが慰めであるのか。

海の上夜明に近しつつましく毛布をかづくS夫人かな

(訳)海の上は夜明けに近い。S夫人はつつましく毛布をかぶっている。

勝浦の青き港に船入ると知る刹那にもわれは悲しき

(訳)勝浦の青い港に船が入ると知った瞬間にも私は悲しい。

わが船の汽笛にちるもはかなけれ紀の勝浦のあけぼのの雲

(訳)私が乗ってきた船の汽笛に散る紀州勝浦の曙の雲がはかない。

旅人のねくたれ髪に棧橋の夜明の風はあてぬ白刃を

(訳)旅人の寝て乱れた髪に桟橋の夜明けの風が白刃のようにあたった。

この人は金の木の実のなる国へ追はれてこしや逃れてこしや

(訳)この人は金の木の実のなる国に追われて来たのか逃れて来たのか。

大神の伊勢に隣りて山青き常世の国の蓬莱に来ぬ

(訳)大神の伊勢に隣りにあって山が青い常世の国の蓬莱に来た。

畑々の柑子をへだて海を見るいみじきこの日身にめぐりきぬ

(訳)畑のミカンを隔てて海を見る悲しいこの日が私の身に巡り来た。

わが恋も悲しくなりぬ紀の国の王子が浜の砂浜に来て

(訳)私の恋も悲しくなった。紀の国の王子が浜の砂浜に来て。

千穂の峰朝な朝なの顔のぞきな泣きそと云ふ階上の窓

(訳)千穂が峰が毎朝、私の顔をのぞき、泣くなと言う階上の窓。

隣家へ柑子買はんと声かくる牧師の家の春の夕ぐれ

(訳)隣家へミカンを買おうと声をかける牧師の家の春の夕暮れ。

熊野にて雨の降る日に唯だ一人柑子を食めばあぢきなきかな

(訳)熊野にて雨の降る日にただひとりミカンを食べると情けないことだ。

教会のかがりどゝなり雨の日にピヤノを叩く細き指先

(訳)教会の  雨の日にピアノを叩く細い指先。

遥かにもこしとぞ思ふ天の世のものと柑子の山の光れば

(訳)遥々と来たと思う、天の世のもののようにミカンの山が光ると。

川の船熊野の宮の木立よりいで来るわれを迎ふる日来ぬ

(訳)川船が熊野の宮の木立から出てくる。私を迎える日が来た。

あかつきの熊野の山の片はしと黒髪うつる船ばたの水

(訳)未明の熊野の山の一端と黒髪が映る船端の水。

み熊野の白き河原を踏みながらなほ人の子はものの思はる

(訳)熊野の白い河原を踏みながらやはり人の子はものが思われる。

船浮きぬ君が心の寒きゆゑ世をはなるると云ふかたちして

(訳)船が浮いた君の心の寒さゆえ、世を離れるというかたちして。

わが身こそ順礼となりみくまのの船にあるなれ人に知らゆな

(訳)我が身は巡礼となって熊野の船にあるのだ。人に知られるな。

熊野川君を忘れむわがはての身をおかましと思ふ岩かな

(訳)君を忘れよう。私の最後の身を置きたいものだと思う岩が熊野川にあった。

冷やかに涙のごとく石走る浅瀬の波の身にしみぬわれ

(訳)冷ややかに涙のごとくに流れる浅瀬の波が身にしみた。

熊野川船のあゆみの遅々としてよしなしごとに涙こばるる

(訳)熊野川をゆく船の歩みが遅々として、しようのないことに涙がこぼれる。

山をよし水をきよしと思ふよりつねに先立つ君とわがこと

(訳)山をよい水を清いと思うより常に先立つ君と私のこと。

みくまのの山きはだちて青き日の水に船浮けものを思へる

(訳)熊野の山が際立って青い日の水に船を浮かべ、ものを思う

那智の山熊野のみ山天そそる下に来りて君を恋ふらく

(訳)那智の山熊野の山、  君を恋しく思うことだ。

わが小指絹をなぶれるそれよりも軽くいかだを流す水かな

(訳)私の小指が絹を触る、それよりも軽く筏を流す水であることだ。

熊野の子猿の族にあらねども岩にぞ眠る五六人居て

(訳)熊野の小猿ではないけれども岩に五六人が眠っている。

紀の国の大河の色のかなしけれわが渡りこしわたつみよりも

(訳)紀の国の大河の色が悲しいことだ、私が渡って来た海よりも。

いにしへの帝王達もよぢにけむ路糸のごと山を這ふかな

(訳)古の帝王たちも引き寄せたのだろう。糸のように山を這う道。

わが恋のそのかみの日も思はるるみくまの川の水浅葱かな

(訳)私の恋のその昔の日も思われる熊野川の水浅葱(みずあさぎ、薄いあさぎ色。薄い青色)。

空くらく山と川とのいちじろく青きあたりの一もと椿

(訳)空が暗く山と川とがはっきりと青い辺りの一本の椿。

遠き人心変らばわが船に石まろびこよ山崩れこよ

(訳)遠くにいる人の心が変わるならば、私の船に石が転がってこい、山が崩れてこい。

わが船はいとよく涙うち流す人ばかり居てものがたりめく

(訳)私の船はとてもよく涙を流す人ばかりがいて、物語めいている。

旅人を河原の鴉見騒ぎぬ能野の路の春の夕ぐれ

(訳)旅人を河原のカラスが見て騒いだ熊野路の春の夕暮れ。

わが船はやがて流れて城のごと帆ばしら立てる川口に来ぬ

(訳)私の船はすぐに流れて、城のような帆柱を立てている河口に来た。

百艘の船はあれどもほのかなる灯も見がたくてうぐひすぞ啼く

(訳)百艘の船はあるけれども、ほのかな灯りも見にくくてウグイスが鳴く。

五六十灯のおかれざる船ありて歎きをすらし川口の波

(訳)五六十、灯りが置かれていない船があって、河口の波は嘆いているらしい。

静かなる熊野の山と水のぞく小き空は黒く塗らまし

(訳)静かな熊野の山と水を覗き見る小さな空は黒く塗ってあったらよかったろうに。

うぐひすや百艘の船とどまれる洞にひとしき山かげに啼く

(訳)百艘の船がとどまっている洞に等しい山陰でウグイスが鳴く。

ほの白き河原の見ゆる木の間よりかなしきはなし春の夕に

(訳)木の間からほの白い河原が見える。悲しくはない春の夕べ。

熊野路の黒き家並も磯に立つ波もかなしや旅の女に

(訳)熊野路の黒い家並みも磯に立つ波も悲しいことだ。旅の女には。

ふもとより頂に来て千年を経しとぞ思ふ山のしづけさ

(訳)麓から頂に来て千年を経たと思う、山の静けさ。

遠方の磯□胡粉を置く波のいみじく見えて日のくれて行く

(訳)遠方の磯に胡粉(ごふん。白色の顔料。貝殻を焼き、砕いて粉末にしたもの)を置くような波が悲しくしく見えて、日が暮れていく。

恋をして心にものを思ふごと河原の小舎を這ふ煙かな

(訳)恋をして心にものを思うようだ。川原にある小さな家を這う煙。

河原には小家おかれぬ鳥来り砂に生みたる卵のやうに

(訳)川原には小さな家が置かれている。鳥が来て砂に生んだ卵のように見える。

雨多き熊野に来り日も夜もしみじみものの思はるるかな

(訳)雨が多い熊野に来て昼も夜もしみじみとものが思われることだ。

 夫・与謝野寛の女性関係に心を痛めていた時期であったため悲しい歌が多いですが、それでも夫のために奔走し、選挙資金750万円のうち200万円を晶子が紀州で集めました。
 そうして選挙に臨んだ与謝野寛でしたが、落選。政治家の夢は孫の与謝野馨氏に受け継がれる形となりました。

(てつ)

2007.10.18 UP

◆ 参考文献・参考サイト

みえ熊野学研究会編『熊野の文学と伝承』

J―TEXTS 日本文学電子図書館 与謝野晶子『朱葉集』(晶子第十三歌集)

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