■ 熊野の説話 |
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◆ 木の神・スサノオ |
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かつては「蟻の熊野詣(ありのくまのもうで)」と、蟻が餌場と巣との間を行列をなして行進するさまにたとえられるほどに多くの人々がこぞって訪れた聖地、熊野。 その正体はよくわかりませんが、記紀神話に登場する神に当てはめるとすると、スサノオノミコトだといわれています。そこで、スサノオ神話のあらましを『日本書紀』を参考に、ここで紹介しておこうと思います。 火の神カグツチを生み、火傷を負って死んでしまったイザナミ。夫であるイザナギはイザナミを追って黄泉の国にまで行くも、イザナギの死体となって腐っていく姿を見て、ショックを受け、逃げ帰る。 黄泉の国の汚れを洗い流すため、イザナギは筑紫の海で禊はらいを行う。その折にたくさんの神が生まれるが、最後に左の目を洗うとアマテラスが、右の目を洗うとツクヨミが、そして鼻を洗うとスサノオが生まれた。 しかし、スサノオは命じられた国を治める役割を果たさず、ただ泣くばかり。母(イザナミのこと。でも「なぜイザナミが母?」という気もしますが。スサノオはイザナミから生まれたわけではないのに。もっともスサノオがイザナギとイザナミから生まれたとする話もありますが)のいる根の国に行きたがる。イザナギは怒り、「望み通りにしろ」とスサノオを追放する。 スサノオは、根の国に行く前に、姉のアマテラスに別れの挨拶をしようと天上に昇る。 そこでスサノオは自分に悪意が無いことを証明するため、子を生むことで占い、潔白を証明しようとする。スサノオは、自分の生む子が男ならば清き心で、女ならば悪しき心があると誓約をし、5柱の男神を生んで自らの潔白を証明した。 しかし、それからのスサノオの行いがひどかった。 この一件が収拾すると、スサノオは髪をぬかれ、手足の爪をぬかれ、罪のあがないをさせられて天上から追放される。 その後、スサノオは、須賀(島根県大原郡)の地でクシイナダヒメと夫婦の交わりをし、子のオオアナムチノカミ(オオクニヌシノカミともいう)を生む。それから、スサノオはひとり根の国に行った。 地上は、根の国に行ったスサノオに代わり、その子オオアナムチノカミが治め、葦原中国(あしはらのなかつくに)を作る。 以上がスサノオの神話のあらましです。 しかし、これだけがスサノオのすべてではありません。 「一書に曰く」として『日本書紀』には次のようなことが書かれています。 スサノオの行いがひどかったので、神々はスサノオを高天原から追放した。 着いた所が出雲の国の鳥上山。そこに人を呑む大蛇がいた。 はじめイタケルが天降るときに、たくさんの木の種をもって降ったが、韓地では播かずに、すべて日本に持ち帰って日本の国中に播いて、国土を全部青山にしてしまった。 また「一書に曰く」として、次のようなことも書かれています。 スサノオがいうのに、「韓郷の島には金銀がある。わが子が治める国に船がなかったら困るだろう」と(『日本書紀』では、スサノオと奇稲田姫〔クシイナダヒメ〕の子が大己貴神〔オオアナムチノカミ。大国主神ともいいます〕。スサノオに代わり地上を治め、葦原中国〔アシハラノナカツクニ〕を作りました)。 「杉と樟は、船を造るのによい。檜は宮を造るのに、槙は現世の国民の棺を造るのによい。たくさんの木の種を播こう」 スサノオは木の神でもあったのです。
ところで、スサノオが木の神だとわかると、スサノオが高天原を追放される原因となった数々の悪行がなぜ行われたのか、なぜスサノオがそうせざるを得なかったのかが、わかってきます。 それは、姉の天照大神(アマテラスオオミカミ)の農耕に対する妨害行為だったのです。 春は種を重ね播きし、田の畦を壊したりした。秋には馬を放って、田の中を荒らした。またアマテラスが新嘗祭(新穀を神に供える祭事)を行っているときには、その部屋に糞をした。またアマテラスが機殿で神衣を織っているところに、馬の皮を剥いで、屋根に穴を開けて投げ入れた。 このような行動を木の神スサノオがとったのは、当然のことのように思えます。 スサノオは日本国中に木々を茂らせた木の神様です。自分が育てた森を伐られて怒らぬはずがない、と思います。 (てつ) 2000.8 更新 ◆ 参考文献
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