■ 熊野の説話 |
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◆ 熊野育ちの大力、金剛力士兄弟 |
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源氏・平家の盛衰興亡を描く軍記物語『源平盛衰記』の巻十一「金剛力士兄弟の事」より。 金剛左衛門、力士兵衛という侍は、兄弟であった。熊野に生まれ育った者で、十八歳にして五十人分の力を持った剛の者である。金剛力士兄弟が熊野にあったとき、ある人が御殿の南の庭に池を掘ったところ、大石を掘り出した。五十人掛かりでこの石を引き捨てようとしたけれども、少しも動かない。大勢で明日引こうということになって人はみな帰った。 熊野育ちの大力として知られる歴史上の人物として平忠度(たいらのただのり、1144〜1184。平清盛の弟)がいます。 金剛力士兄弟の母について。 静憲法印が熊野参詣のついでに、この稚児のことをお聞きになって、皆石・皆鶴兄弟を呼び出してお会いになった。この稚児の師匠、祐蓮坊阿闍梨祐金に対面して、この稚児の兄弟はどのような人かとお尋ねになると、祐金は答えて、 「いた」とは熊野の巫女のこと。 (てつ) 2008.3.11 UP ◆ 参考文献
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