■ 熊野の説話 |
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◆ 夢に熊野権現の返歌を賜る話 |
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鎌倉時代の説話集『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』にこんな話があります(巻第一 神祇第一・二八)。 助僧正覚讃、夢に若王子託宣の歌を賜る事 助の僧正(そうじょう)覚讃(かくさん)は先達(せんだつ。行の指導者)の山伏である。那智千日行者で、大峰修行数度の先達である。五十を過ぎて有職(うしき。僧の職官)にも補任されないのを憂えて、若王子(熊野十二所権現のひとつ。本地仏は十一面観音)に歌を詠んで奉った。 山川のあさりにならでよどみなば流れもやらぬものや思はん
すると、夢の中で若王子からお返事を賜った。 あさりにはしばしよどむぞ山川のながれもやらぬものな思ひそ
この二首の歌の「あさり」は、「浅り(=浅瀬)」と「阿闍梨」を掛けています。 「五十を過ぎて有職にも補任されないのを憂えて」とありますが、有職(うしき)とは僧綱(そうごう)に次ぐ職官で、国が優秀な僧に与える官位です。已講(いこう)・内供(ないぐ)、阿闍利(あじゃり)の3つの僧官があり、とくに阿闍利は、護摩・祈祷に霊験のある僧に送られることが多かったそうです。 覚讃は修験者であったので、阿闍利になることを願ったのですね。坊主にしては生臭い願いのような気もしますが。(^-^; 山川のあさりにならでしづみなば深きうらみの名をや残さん と、恐い歌になっています。(^-^;A 熊野権現は夢を通じてメッセージを伝え、そのメッセージを巫女が読み解いて熊野権現の託宣を告げます。 覚讃は「阿闍梨にはしばらくなれないが、物思いをするな」との夢告を得て、心に平安を取り戻したのでしょう。 本の註には、仁平二年(1152)に熊野三山検校に補任され、のちに園城寺(おんじょうじ。通称・三井寺。滋賀県大津市園城寺町)の長吏(ちょうり。最高責任者)となり、治承4(1180)年9月に没した、とだけありました。 有職の上の職官である僧綱について少し。 熊野三山検校(くまのさんざんけんぎょう)についても少々。 熊野の現地に熊野三山の実際の統括者である熊野別当がいたので、熊野から離れた場所を拠点としている僧が任じられた熊野三山検校という役職は多分に名誉職的なものでしたが、熊野三山検校には熊野御幸の先達という重要な職務がありました。 話を覚讃のほうに戻すと、覚讃は、後白河上皇の熊野御幸の先達を勤めています。 (てつ) 2002.9.16 UP ◆ 参考文献
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