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剣巻(つるぎのまき)現代語訳6 源義経1

剣巻 現代語訳6

 1 源満仲 2 源頼光 3 源頼基、頼義、義家 4 源為義 5 源義朝、頼朝 6 源義経1

 源氏重代の名剣をめぐる中世の物語『剣巻』を現代語訳。

源義経1

Minamoto no Yoshitsune.jpg
源義経の肖像画:不明 - 中尊寺所蔵, パブリック・ドメイン, リンクによる

平治の合戦のとき、常盤の腹の子、童名は牛若は1歳であったが、9歳のとき鞍馬寺の一和尚東光坊阿閣梨円忍の弟子覚円坊阿閣梨円乗に随って学問し、後には舎那王と申し上げた。16歳の承安4年の春の頃、五条の橘次末春という金商人に伴って東国へ下った道中で、自ら元服して九郎源義経と名乗った。奥州の権太郎秀衡に対面した。

そしてしばらく奥州を徘徊していたところ、兵衛佐頼朝が謀反を企てたと聞えたので、義経は悦び馳せ上った。金沢という所にて兄に見参した。昔今の物語をし、互いに大いにお悦びになった。信濃国の住人木曾冠者義仲も高倉宮の令旨を賜わって謀反を起す間に信濃・上野をはじめとして、北陸道七ヶ国打ち靡かし、都に上って、平家を攻め落して、天下を自分の意のままできると思い、今は院(後白河院)の御所法住寺殿に押し寄せて、公卿殿上人とも遠慮せず合戦して放火し焼き払った。しかのみならず院をも五条の内裏に押し籠め申し上げて、公卿殿上人をも官職を留めて追い籠められた。

これによってより公家より関東に御使があって、事の子細を仰せられたので、兵衛佐は大いに驚き、弟蒲の冠者範頼・九郎冠者義経を大将として6万余騎を差し上した。元暦元年正月20日都に入り、木曾左馬頭を攻め落して、大津の粟津にて首を取った。

熊野では熊野別当教真が子息5人を本宮・新宮・那智・若田・田辺の5ヶ所に分けて置き、「この中で最も優れた者を別当を継がすべし」と遺言して亡くなり、田辺の湛増が優れていたので、源氏の軍勢が平家追討のために摂津国一の谷に出発する頃には田辺の湛増が別当になっていた。

湛増別当は、「源氏は我等の母方である。源氏の代となるのは悦ばしい。兵衛佐頼朝も湛増にとっては親しい間柄である。その弟範頼・義経、佐殿の代官にて木曾を追討し、平家を攻めに下られるとの由が聞こえた。源氏重代の剣、元は膝丸、蛛切、今は吼丸という剣が為義の手により教真が得て権現に奉納したものを、申し請けて源氏に与え、平家を討たせよう」と申し上げて、権現に申し賜って都に上り、九郎義経に渡した。

義経はとくに悦んで「薄緑」と改名した。その故は、熊野より春の山を分けて出たからであった。夏山は緑も深く、春は薄かろう。されば春の山を分け出でたので、薄緑と名付けた。この剣を得てより、これまで平家に従っていた山陰・山陽の輩、南海・西海の兵どもが源氏に付いたのは不思議であった。

2月3日、源氏は都を出て一の谷に向った。軍兵を二手に分けて、範頼は大将軍として5万余騎、摂津国から押し寄せ、後詰の大将軍義経は三草山から進んだ。大手・搦手が同時に、7日の卯の時から巳の時に至るまで散々に戦った。源氏は戦に打ち勝って、平家は負け、思い思いに落ちていった。平家の大将軍越前三位通盛以下8人までが討たれた。同13日、首を大路を渡して獄門の木に懸けた。その恩賞として8月6日に九郎御曹司は左衛門尉になって、そのまま院の宣旨を蒙って五位尉に任ぜられ、大夫判官(たいふほうがん:検非違使庁の尉(六位相当)で五位に任ぜられた者)と申し上げた。蒲の御曹司範頼は三河守になされた。

同2年2月11日に、また平家攻めに渡ろうと、渡部・神崎にて船揃えをしたとき、九郎判官と梶原平三とが船に逆櫓をつけるつけないの口論をして、不和になってしまった。しかしながら義経は大風にも恐れず、わずかに船50艘に乗って50余騎にて馳せ渡った。梶原は意趣があってか、大風を恐れたのか、翌日に渡った。義経は案内者を先に立てて屋島の館を焼き払うと、3月22日には長門国赤間関に馳せ向った。範頼は9国の軍兵を率いて、豊前国門司の関に向い、平家を中に取り籠めて互にこれが最後だと戦った。終に平家が攻め落されて、先帝(安徳天皇)を二位殿(平時子、清盛の正室)がお抱きになって海にお入らりになられた。前の内大臣宗盛以下38人は生け捕られた。

判官殿、在々所々にて多くの戦いをしたけれども、一所も傷を被らず、毎度の戦に打ち勝って、日本国に名を揚げたのも、ただこの剣の力である。義経は南海・西海を討ち伏せ、平家の捕虜どもを連れて、三種の神器もろともに都へ帰し入れ奉った。ただし三種の神器のうち宝剣(天叢雲剣)は失われてしまった。内侍所(ないしどころ:八咫鏡)と神璽(しんじ:八尺瓊勾玉)とだけでお上りになった。

 

 

(てつ)

2019.12.11 UP

参考文献