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雨月物語「蛇性の淫」現代語訳3 太刀

『雨月物語』巻之四「蛇性の淫」現代語訳

 1.出逢い 2.真女子の家 3.太刀 4.捕縛 5.再会 6.正体 7.再婚 8.道成寺

 怪異小説の傑作『雨月物語』から新宮近辺を物語の主な舞台とする「蛇性の淫」を現代語訳してご紹介。

「蛇性の淫」現代語訳3 太刀

 兄太郎は網を引く漁夫を呼び集めて準備をさせようと、早く起き出して、豊雄の寝室の戸の間をふと覗くと、消え残っている灯火の光にキラキラと光る太刀を枕元に置いて寝ている。
 「怪しい。どこで手に入れたのだろう」と気がかりになって、戸を荒々しく開けた。その音に豊雄は目覚めた。太郎がいるのを見て、「何か御用ですか」と言うと、「キラキラした物を枕元に置いたのは何だ。高価な物は海人の家にふさわしくない。父がご覧になったらどう罰しなさろうか」と言う。

 豊雄、「豊雄は金を出して買ったのではない。昨日、人がくれたのをここに置いたのです」。
 太郎、「どうしてそのような宝をお前にくれる人がこの辺りにあろうか。まあたいへん小難しい漢字で書いた書物を買いためることさえ、たいへんな無駄だと思うけれど、父が黙っていらっしゃるので、今まで言わなかった。その太刀を帯びて大宮の祭りをねり歩くのであろうか。なんとまあ気でも狂ったのか」
 と言う声の高いのを、父が聞きつけて、「役立たずが何事をしでかしたのか。ここに連れてこい、太郎」と呼ぶと、「どこで手に入れたのだろうか。戦の将軍たちがお佩きになるキラキラした物を買ったのはよからぬこと。御前にお呼びになって尋ねてはっきりさせてください。自分は漁夫どもの監督に行きます」と言い捨てて出て行った。

 母は、豊雄をお呼びになって、「そのような物を何のために買ったのか。米も金も太郎の物である。お主の物として何があるのか。日頃はしたい放題にさせているが、このように太郎に憎まれたら、広い世の中、どこで暮らせますか。学問を学んだ者がなぜこれくらいのことをわきまえないのか」と言う。
 豊雄は、「本当に買った物ではありません。ある事情があって人がくれたものなのを、兄が見とがめてあのようにおっしゃるのです」。
 父は、 「何の手柄があってあのような宝を人がくれてたのか。なんともおぼつかないことだ。ただ今、そのいわれを語ってみせよ」と罵る。
 豊雄が「このことはただ今は恥ずかしくて顔を上げられません。別の人を通して申し上げます」と言うと、「親や兄に言わないことを誰に言うのか」と父の声が荒々しくなるのを、傍らにいた太郎の嫁が「このことは、ふつつかながら私が聞きましょう。お入りなさい」ととりなして、豊雄はつと立って別室に入った。

 豊雄は、太郎の嫁に向かって、「兄がお見とがめなさらずとも、ひそかに姉君に相談しようと思案しているうちに、早速叱られてしまいました。これこれの未亡人で寂しく暮らしている女が『面倒を見てください』と言ってくれたのです。自立していない身で、お許しもないのにそのようなことをしては、勘当という重い罰を受けて当然で、今さら悔やむばかりであるのを、姉君、お憐れみください」と言う。
 太郎の嫁は微笑んで、「男子が独り寝なさるのを、前々から気の毒に思っていたのに、たいへんよいことです。ふつつかながら、私が夫にうまく言い伝えましょう」と言った。

 その夜、 太郎に、 「これこれのことというのは、よい話ではありませんか。父君の前でもよろしく言い繕ってください」と言う。
 太郎は「怪しい。この国の国守の下司(したづかさ)で県(あがた)の某(なにがし)という人は知らない。我が家は里長なので、そのような人がお亡くなりになったのを知らないことはないものを。まず太刀をここへ持ってきてくれ」と言うと、嫁がすぐに携えて来る。それをよくよく見て、ため息をつきながら、
 「恐ろしいことだ。近頃、都の大臣さまがお願い事がお叶いになって、権現(ここでは熊野速玉神社)にたくさんの宝を奉りなさった。ところが、この神宝(かんだから。神の所有物。神に奉納された物)どもが御宝蔵(みたからぐら)の中で突然なくなったと言って、大宮司(だいぐうじ。神社の長官)から国守に訴えがお出になった。
 国守はこの盗人を探り捕らえるために次官の文室広之(ふんやのひろゆき。架空の人物)が大宮司の館に来て、今もっぱらにこの事件を追及なさっているということを聞いた。この太刀はどう見ても下司などが佩ける物ではない。やはり父に見せ奉ろう」と言った。

 父の御前に持って行って、「これこれの恐ろしいことがありましたが、どう計らい申し上げましょう」と言う。
 父は顔を青くして、「これは大変なことが起こってしまったものだな。日頃は少しも悪事をせぬ男が何の報いでこんなよからぬ心を起こしたのであろうか。他から露見したならば、この家も絶やされよう。祖先や子孫のためには、親不孝な子ひとりくらい惜しくない。明日は訴えでよ」と言う。

 

 

(てつ)

2005.10.1 UP
2019.12.10 更新

参考文献