■ 熊野の説話 |
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◆ 狐と犬の報復合戦 |
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奈良時代の仏教説話を集めた『日本霊異記』にはこんな話があります(下巻第二話)。 生き物を殺して恨みを結び、狐と犬になって互いに縁に報いた話 永興禅師(えいこうぜんじ)は奈良左京の興福寺の沙門(しゃもん。僧)であった。俗姓は蘆屋の君の氏で(市往(いちき)の氏ともいう)、摂津国手嶋郡(いまの大阪府豊能郡)の人である。紀伊国牟婁郡熊野村に住み、修行していた。 禅師は病いを治すことを強く誓い、なおも祈祷した。すると、病人に狐が憑いて言うことには、 1年後、その死んだ人が臥していた部屋に、禅師の弟子が病いで臥していたが、そのとき、人が犬を連れて禅師のところに来た。その犬は吠えて、爪で縄や鎖を切って走りかかろうとした。 飼い主が犬を放すと、病いで臥していた弟子の部屋に走り入り、狐を引き出した。 嗚呼、考えてみると、恨みの連鎖はなくなることがないのだ。 もし人がよく耐え忍んで、恨みに思う人を見たとき、自分の恩師であると見なして、恨みに報いないなら、これをもって忍耐というのだ。 狐が、前世で自分を殺した人を取り殺し、また、殺された人が犬に生まれ変わり、自分を殺した狐を噛み殺したという話です(狐の前世が何だったのかは書かれていないので、わかりませんが、題に「殺生物命結怨作狐狗互相報縁」とあるので、人間ではなかったようです)。 恨みや憎しみの連鎖はいつまでも続きます。やったら、やり返される。やられたら、やり返す。当たり前のことですけれど、これではいつまで経ってもキリがありません。 狐が人に取り憑く「狐憑き」という現象は、数十年前にはしばしば見られたそうで、本宮辺りの人達は狐に憑かれた人が出ると、玉置山(奈良県十津川村)まで狐を落としてもらいに行ったそうです。 「狐憑き」というのは現在ではあまり見られない現象だと思いますが、「狐憑き」を今風にしたら、「電波系」になるのでしょうね。 (てつ) 2003.9.13 UP ◆ 参考文献
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