■ 熊野の説話 |
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◆ 髑髏の舌 |
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平安時代初期に成立した日本最古の仏教説話『日本霊異記(にほんりょういき)』にはこんな話があります(下巻第一話)。
称徳天皇の御代に、紀伊国牟婁郡熊野村に永興禅師という人がいた。海辺の人を教化した。時の人はその行いを貴び、ほめて菩薩といった。天皇の都より南にあるがゆえに、名付けて南菩薩といった。 そのときに一人の僧がいて、菩薩の所に来た。持っている物は、法華経一部(細かな字で本来七〜八巻の法華経を一巻に写して持っていた。)白銅の水瓶一個、縄床(縄を張った椅子)一枚である。 二年が過ぎて、熊野村の人が熊野川の上流の山で木を伐って船を作っていたところ、よく聞くと声がして、法華経を読誦している。 そうして三年が過ぎ、山人が「経を読む声はいつものようにやまない」と永興はまた行って、その骨をとろうとして頭蓋骨を見ると、三年たってもその舌は腐っていなかった。そっくりそのまま生きている状態であった。大乗仏法の不思議な力で経を読誦し、功を積む霊験を得たことと知れた。 ほめたたえていう。 また吉野の金峰山(きんぷせん)に一人の禅師がいて、峯を歩きながら経を読んでいた。禅師が耳をすますと、前方で声がする。法華経、金剛般若経を読んでいる。聞いて立ち止まり草のなかを押し開いて見ると、一つの髑髏があった。 法華経の不思議な力を広めるためのお話なのだろうけれども、ちょっとこわいです。 熊野には、この他にも法華経行者が戦慄的な自殺を遂げる話が伝えられています。 また別の髑髏の舌が腐らずに法華経を唱える話が、『大日本国法華経験記』に納められ(下 第九十二)、『今昔物語集』にも採られていますので(巻第十三 第十一)、そちらの話もご紹介します(現代語訳は『今昔物語集』から)。
今は昔、一叡という持経者がいた。幼いときから法華経を信仰し、日夜読誦して長い年月を経た。そうこうして一叡は心を発して熊野に詣でた。その道中、完ノ背(ししのせ)山という所に泊まった。 明るくなってからその辺を見ると、泊まっている人はいない。ただ屍骸だけがあった。 一叡はこれを見て「奇異だ」と思って、「ならば、夜、経を読み奉っていたのは、この屍であったのだ。いかなる人がここで死に、このように読誦するのだろうか」と思うと、哀れに貴くて泣きながら礼拝して、この経の声をもっと聞くためにその場所に留まった。その夜にまた聞くと、前のように読誦する。 夜が更けて後、一叡は屍骸のもとに寄って礼拝して、 その夜の夢に、僧が現われて示して言うには、 その後、一叡は屍骸を礼拝して、その場所を出立して熊野に詣でた。後年、その場所に行って屍骸を尋ね見ると、まったく見つからない。また、夜、留まって聞いても、その声は聞こえない。 このような話は、ありがたいというよりは、やはりこわいと思ってしまいます。なにかかわいそうだとも思ってしまいます。 (てつ) 2005.6.21 更新 ◆ 参考文献
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