み熊野ねっと

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須佐神社

(すさじんじゃ)  和歌山県田辺市中万呂5

下万呂村:紀伊続風土記(現代語訳)

もと牛頭天王の社

須佐神社の森

 須佐神社の前には天王池という池があります。その池の名前と須佐神社という神社名から推測できるように、かつては牛頭天王が祀られていました。

 仏教と神道が混交した牛頭天王信仰は明治初期の神仏分離令により弾圧され、牛頭天王を祀る神社は主祭神をスサノオに変更させられましたが、この須佐神社もそう。主祭神を牛頭天王から須佐之男命に変えられ、神社名も牛頭天王社から須佐神社と変えられました。

須佐神社拝殿

 南方熊楠の「南方二書」には、

 万呂(まろ)村の天王の社(※現・須佐神社※)には大葉ヤドリキが多く、中には寄宿であるシイノキよりも2倍も長いものがある。いずれも秋末に紫褐色の異様な花を開く。小生は山中でこの木を多少見たが、ここのように年々盛んに花実があるのを見たことがない。

それなのに、これも俗吏らが無茶苦茶に、神社の威厳を保つには神林を掃除すべしと厳命し、それでなくてさえ落枝や枯葉を盗み焚料としたい愚夫どもは、得たりかしこき官の仰せであるといって神林という神林へことごとく押しかけ、落葉をかき取り、土を減らし、また小さい鋸を持っていき、少々ずつ樹木を挽き傷つけ、秋、枯木となりかかると、たちまち枯損の徴があるといってこれを伐り去るのだ。

とあり、また「紀州俗伝」には、

万呂村では日照りになると下万呂の天王の社の前の池の端で一同で酒を飲み、「雨降れ溜まれ蛙子、雫垂れイモリ」と繰り返し歌った。蛙やイモリまでも雨を乞うの意味か。近年このことは絶えた。 件の天王池はすこぶる深く、古より樋を全く抜いたことはない。今日全く抜こうと評定が決して、断行しかけると必ず雨が降る。

とあります。

須佐神社拝殿

 以下、鳥居近くにある由緒書きより。

須佐神社由緒

御祭神 須佐之男命
 配神 稲田比売命
    正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命・天穂日命・天津日子根命
    活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理毘賣命
    狭依昆賣命・多岐理毘賣命

神代の昔、須佐之男命が曽志毛里(新羅国)より、帰り着いた所で岩舟山なる地名があり、神武天皇が即位された時に祭祀されたという万呂三ヶ村の鎮守 旧社名は牛頭天皇社 豊臣秀吉の紀州平定の際、当社だけ焼討をまぬかれたという

境内神社 四社

 猿田彦神社
  祭神  猿田彦命、天鈿女命、天照大神、豊受大神、伊邪那美命
  由緒  上万呂字圧法平鎮座(起山参丸王子御幸記) 明治10年8月合祀せり

 稲荷神社
  祭神  稚産霊神、大宜都比売、宇迦之御魂神
  由緒  不詳 本神社は元当村大字中万呂字田中代に鎮座なりしを明治10年8月本社に合祀す

 玉置金比羅神社
  祭神  迦具土之神、金山彦命、蘇民将来命
  由緒  不詳

  厳島神社
  祭神  市杵島比賣命、太田命、彦佐知命、大宮女命、手置帆負命、大汝命
  由緒  明治10年8月に万呂村大字中万呂待賢春平より合祀す

年中祭祀

 1月1日  歳旦祭 交通安全祈願 巫女の舞奉納
 2月    節分祭(3日) 9日月次祭
 3月    9日月次祭
 4月    9日月次祭
 5月    9日月次祭
 6月30日  大祓 人形祓
  午後2時より社頭では夏越の祓いが行われ人形を祓い宮司及び総代と茅の輪をくぐり除災招福延命長寿の願いをする
  6時30分より会津川に人形祓祈願をする
  五穀豊作祈願する農家の氏子達は松の若木と稲の苗を祈願したのを持ち帰り五穀豊作を祈って田のそばにたてる
 7月    7日より14日まで祇園際 巫女の舞奉納
 8月    9日月次祭
 9月    9日月次祭
 10月    9日月次祭
 11月15日  七五三祈願
 11月22日  宵宮祭 新嘗祭 農家氏子は新米を神様にお供えする
        宵宮祭午後8時獅子舞奉納
 11月23日  例大祭 例大祭神幸祭 例祭神事 湯立神事
        巫女の舞奉納 及び 子供巫女の舞奉納 子供御輿参内 獅子舞奉納
 12月9日  祈念大祭
 12月31日  大祓 人形祓家内安全祈願

民俗文化財

 万呂獅子舞  田辺市指定民俗文化財

須佐神社の森

◆ 参考文献

アクセス:JR紀伊田辺駅から明光バス長野・伏菟野・三川方面行きで約20分、中万呂バス停下車、すぐ。
駐車場:駐車場なし

(てつ)

2009.7.19 UP
2010.5.4 更新

 

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