熊野水軍の拠点であったと伝えられる九龍島
九龍島と鯛島は、古座川河口沖約1kmに浮かぶ無人島で、古座川沿いの5地区で催される河内祭(こうちまつり)の舞台となります。国道42号から見ることができます。
九龍島は亜熱帯性原生のタブノキの群落が見られる珍しい島です。熊野水軍の拠点であったと伝えられており、昔、地震による大津波で海の水が引いた後、島が三本足で立っていたという伝説もあります。
『紀伊続風土記』の古座浦の条には九龍島は「黒島」と書かれ、以下のように記されています(てつの現代語訳)。
○黒島
海口より未の方(※南西微南※)の海の中11町にある。周囲6町余り。島に弁財天社がある。穴が2つある。あかり穴(長さ50間、高さ4~5間、干潮には人が往来する)、暗がり穴(長さおよそ40間、高さ1間ばかり)という。
鯛が岩になったとされる鯛島
その名の通り鯛のような姿をしている鯛島。鯛島については次の伝説があります。
昔々、古座川河口近くの海岸で、鯛の子と蛇の子が仲良く毎日遊びたわむれ、そして、いつしかお互いに恋心をいだくようになりました。
しかし、鯛の子と蛇の子の間の恋。それは実ることなく、鯛は沖へ、蛇は上流へと離れ離れになってしまいましたが、お互いに完全に忘れられず恋しさはつのるばかり。恋しさのあまり、とうとう蛇も鯛も岩になってしまいました。
人々は、鯛が岩になったものを鯛島、蛇が岩になったものを河内島(こうちじま。古座川河口から3kmさかのぼった川の中にある島)と呼ぶようになりました。
これを知った弁天さんと大黒さんは相談の末、鯛と蛇を逢わせてやるために漁師に舟を作らせ、一年に一度だけ、鯛を船に乗せて古座川を上らせ蛇に逢わせてやることになりました。
これが河内祭の起源だとされます。
河内祭は国の重要無形文化財に指定されています。
(てつ)
2007.4.2 UP
参考文献
九龍島へ
アクセス: 古座港より船で5分 (渡し船は要予約)