■ 全国熊野神社参詣記 |
||||
|
|
||||
|
マサやんさんから投稿いただきました。ありがとうございます。 |
||||
やなせくまのじんじゃ
|
||||
寿永四年(1185)年三月、平氏は壇の浦に滅んだ。伝うるところによると、門脇中納言平教経(のりつね)は安芸郡の大領(長官)安芸太郎、次郎を道案内として一族と共に、讃岐へ上陸し、阿波の祖谷(いや)を経て、魚梁瀬の西川二の谷へ落ちのびた。しかし生活が不便で、人数も増してきたので、梁(やな)を西川に流し、それが流れついたところの奈路(なろ)、即ち魚梁瀬を永久の住居とし中屋敷西の森に熊野権現を奉斎し、安芸氏から受けた恩を徳として、安芸大領真康を大領権現として合祭した。後世になって熊野権現を大領権現と称するようになった。 ご神体はご神鏡四面で、ご本尊は安徳帝の座像である。 大祭は毎年旧暦九月十五日に行われ、当人六人、後見(うしろみ)一人、小使二人、かしき一人、女の給仕二人が九月十一日から宮ごもりをし、早朝川へ入って斎戒沐浴し、後見は麻裃(あさかみしも)に威儀を正し、少女の給仕人は厚い綿帽子をかむり御輿(みこし)の供をした。 祭典の際には、門脇殿(教経の末裔)お迎えの七回半使といって、小使が七回門脇殿を呼びに行き、八回目に途中で出会うことになっている。 尚、門脇一族の菩提を弔うため城福寺を建立し、鎮守の神として平氏尊崇の厳島大明神を奉斎した。
|
Thanks マサやんさん
2007.2.24 UP
No.673
林業に従事している私にとって、馬路村といえば、
「monacca(モナッカ)」が真っ先に思い浮かびます。
「monacca(モナッカ)」は、エコアス馬路村の製作する間伐材製品。
間伐して伐った木はふつう伐りっぱなしで山に放置しそのまま腐らせますが、
高知県馬路村では間伐材で独自の商品を作り、間伐材の有効活用を図っています。
すばらしい試みだと思います。
「monacca(モナッカ)」はグッドデザイン賞を受賞しています。
(てつ)
|
スポンサード リンク
Yahoo!おすすめ商品