熊野神社
愛知県刈谷市八幡町七丁目54番地
境内面積 2525.6平方メートル(746坪)
愛知県の中央に位置する刈谷市では、
例年5月3日に江戸時代から続くとされる「大名行列・山車祭」が行われています。
この祭は、パンフレットによると、市原稲荷神社の祭礼として行われていたもので、
10万石の格式を持つ「秋田出来守」という架空の殿様や古式豊かな所作を披露する「奴のねり」、
於大の方(徳川家康の生母)役が市内中心部を練る歩くものです。

左下の玉垣の間に刈谷市の花「カキツバタ」が咲いています。
午前中、鎌倉街道の探索を行い、祭り見物のため刈谷市に移動し、
パレードの出発点から最終会場の市原稲荷神社に行く途中、立派な杜を発見し、地元の人に尋ねると
「熊野神社」と聞き、やや疲れた足取りであるが、事前の予定でもあり、
回り道をしながら、参拝することができました。

社前に赴くと、境内が小山のようになっており、杜が更に立派に見え、疲れも軽減されました。
なお、刈谷城は先ほど、触れた家康の生母、於大の方の生誕地で、岡崎に嫁ぎ、
家康誕生後、政争のため離縁され、戻った実家です。
また近世では、トヨタグループの発祥の地であり、豊田佐吉が始めた紡績会社が近接地にあり、
中核の豊田自動織機の本社も刈谷市内にあります。

境内に設置されている「熊野神社由緒記」によると
| 祭神 |
伊邪那岐尊(いざなぎのみこと),速玉乃男尊(はやたまのおみこ),事解乃男尊(ことかののおみこ) |
| 由緒 |
創立は詳かでないが、当村(旧熊村)は、古来から産土神として祀っていた。
口伝によると、紀伊の人専志坊熊野二社大権現三尊佛を奉持し、一字を建立し、
その後、真宗に転宗の中、熊野堂に祀られ、明治維新時の神仏混淆の廃止に伴い
(藩主であった)土井候の斡旋により神仏分離され、今に至ったものである。
本社は元来、刈谷城の東北にあり、鬼門除けの神様として藩主に尊崇され、
本殿も寄進されたものという。
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