●参詣記
船井郡園部町黒田に鎮座する熊野神社です。園部川沿ひにある黒田の集落の最も奥まつたところ、観景寺の右側の細い山道を入ると一の鳥居があります。そこから山中深く長い石段を登つて行くと二の鳥居があり、社殿が見えます。石段・参道に沿つて細い谷川が流れてをり、その源流の湧き水がそのまま手水舎になつてゐます。昼でも薄暗く一人で参拝するには恐ろしいやうな神域ですが、境内は黒田の鎮守様としてしつかりと守られてゐる様子が伺へました。
ここは中世には戦国武将森氏の居城でした。山中には黒田城の遺構が残つてゐますが、一の鳥居のある参詣口の辺りが大手であつたと推定されます。黒田は中世には北野天満宮の荘園であつた舟井庄の一部でした。森一族は南北朝時代には足利氏に仕へてゐたやうですが、その後丹波国に土着して北野社領舟井庄の荘官になり、そこから成長して戦国武将になつたものと考へられます。天正六年、明智光秀の丹波攻めで落城。その後の森一族は豊臣氏に一族の再興を託して転戦して行きましたが、武門としては滅びました。今も黒田には森といふ名字が多く見られますが、一族郎党の末裔が帰農したものでせうか。
平成二年、黒田船阪工業団地の造成に伴ひ、熊野神社のすぐ近くから高さ5.5メートル、全長52メートルの最古級(四世紀初頭)の前方後円墳が発見され、多数の出土品が出てゐます。その年代と規模から、被葬者はかなりの勢力を持つた豪族であつたと考へられます。
(主要参考文献 園部町総務課『広報そのべ 縮刷版』平成二年)