が、西郷さんと言えば、当社の鎮座する隼人町内には、彼や坂本龍馬が湯治に訪れた日当温泉など、維新の英傑にゆかりのある場所がのこっている。
また、熊野神社は、反乱を鎮圧された隼人たちの霊を鎮めるために祀られたとも言われる隼人塚に近く、隣の国分町内には隼人たちが最期まで朝廷軍に対し抵抗した、石城・比売城の城址がある。さらに、島津義久は文禄四年から慶長九年まで、富隈城に居城したが、熊野神社はこの城の鎮守として創建されたことが、看板の由緒からうかがえる。
富隈城は、秀吉の島津征伐に破れた義久が、上をはばかって謹慎の意を表した隠居城といわれるが、その後、彼はここを出て鶴舞城に移り、慶長十六年に亡くなるまで英明な領主として、薩摩藩安泰の基盤を築いた。ほとんど偶然に訪れた当社だが、こうしてみると、鎮座地周辺は歴史の襞のようなものを感じさせるところだ。