■ 全国熊野神社参詣記

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熊野神社の御神楽(みかぐら)祭り

御神楽祭り

愛知県北設楽郡豊根村富山字大谷4番地

(旧北設楽郡富山村字大谷4番地)

<奥三河の御神楽(みかぐら)祭り>を訪ねて

02年11月から始めた全国熊野神社参拝記への報告は、 09年11月に旧富山村大谷地区の熊野神社
参拝し、無事、愛知県内の全ての熊野神社参拝記報告を完結しました。
愛知県神社庁記載の103社に未登録社28社を加えての131社となり、
うち私自身が参拝報告したのは 124社です。

昨年秋に達成した参拝報告完結記念に、
全国的に有名な花祭り(霜月祭り・神楽)が1月3日から4日に行われる旧富山村大谷地区の
熊野神社の霜月祭り(富山村は、「御神楽祭り」と呼称される)を見学しました。

ここは、愛知県の東北部に位置し、東を静岡県(磐田郡佐久間町及び水窪町、現在は浜松市天竜区)
北を長野県(伊那郡天竜村)と接し、県境を天竜川が流れ、千メートル級の山岳に囲まれた山の里です。

特に、今回、訪問した旧富山村(平成17年11月、豊根村に合併)は、最奥部に位置し、
豊橋方面からの経路は、静岡県(佐久間町)経由の交通アクセスが最も利用されるが、
東名豊川インターから豊根村まで 約2時間を要する交通不便な場所です。
そして旧富山村までは、千メート近い峠を経由し、さらに小一時間を要します。

今年の冬は、予想に反し例年以上に降雪があり、地元の方から車の凍結対策を忠告されました。
このため、NPO天竜川・仙人の会の斉藤事務局長から貴重な情報提供を受け、
中部天龍駅から大嵐(おおぞれ)駅まで 飯田線を利用しました。
大嵐駅は、天竜川の東岸にあり、住所は水窪町です。駅から神社周辺まで徒歩で約20分でした。

このような地形から、古来、奥三河、遠州北部、南信濃の集落は、
人的交流があり祭りなどの文化面の影響があるとされます。
その代表として、多くは花祭りと呼称される霜月祭りが、
(昭和60年現在)一円で49か所で開催されている。

花祭り分布図
<霜月神楽分布図参照>
「隠れ里の祭り」山崎一司著から転載。
画像をクリックすると大きな画像で見ることができます。

大谷の熊野神社は、正平元年(1342)、紀州室郡から落去してきた熊野別当の一族の
田辺藤四朗国量(くにかず)が 開郷し、熊野三山を勧請したことが始まりであり、
その縁で熊野修験者が往来したという。

当地の花祭り研究者である山崎一司さんの書籍「隠れ里の祭り」によると、
祭りの起源は、熊野神社の勧請時代で 古代からの山岳信仰(神奈備(かんなび)信仰)に
熊野(観音、薬師、不動明王)修験者が先導・導入したと解説 されています。
その後、秋葉山を利用した白山信仰、伊勢信仰の影響を受けたが、
明治時代初期の修験道禁止令 及び廃仏毀釈により伝統的な神仏混合の祭りから
仏教色を無くしたのが現在の形態としている。

祭りは、「湯立て神楽」と「演能」で構成される。
湯立て神楽の源は証明されていないが、熊野修験者によるものと 推定されています。
なお、ここでの湯立ては他の地区のように村人たちに振りかけることなく、
神様に捧げる、村人を 清めるように静粛に行われます。

御神楽祭りの特色は、舞手が舞を舞うことによって神が宿り、
身体の再生と新たな魂の授与が果たされるものとし、 激しく踊ることです。
床を踏み鳴らした力強い跳躍と旋回が何回も繰り返されます。

この基本の舞が「御神楽」と呼ばれることから、
村民は氏神の祭りとして「御神楽」と呼称してきたが、
昭和10年代に この祭りを訪れた研究者によって「御神楽祭り」と呼ばれるようになり、
現在の名称が一般化したという。

最後に、当地区の人口は、現時点で200人を下回るという。
しかし祭り会場では活気に溢れ、多くの村民から親しみを込めた声をかけていただいた。
毎年、見物に来るというファンにも会いました。
不思議な魅力を感じさせる祭りでした。

御神楽祭り
神招ぎ<宮清め>・・・「湯立て」である。降臨した神々に湯を献じる。

御神楽祭り
神招ぎ<式の舞>・・・神降臨の場と神を祀る。
精進潔斎した舞人自身が神の宿り給う神座(かむくら)となるために舞う。
この後、権現の湯など12の式が挙行される。

御神楽祭り
演能<どんずく>・・・二人の氏子で舞う獅子舞。
途中で、前後の人が幕の中で入れ替わる。
太鼓の拍子(ドンドンズクズク)からの名称という。

御神楽祭り
演能<鬼神(きじん)>・・・村人に新しい魂を与えにきた祖霊神である鬼神(きじん)が舞う。

御神楽祭り
演能<兄弟鬼>・・・兄弟の鬼が舞う「鬼の舞」である。
二日目(1月4日)に、天井にある
タカラ =白幣=祭りに降臨した神々がとどまる依り代が切り落とされる。
村の言い伝えでは、兄弟鬼の所作は「そまさ=製材」を表すという。
木を切り倒して材を作りだす過程を舞っているという。
そして、鬼は村を拓く以前から住んでいた山の神であり荒神であったが
村人が山の神から譲り受けたことに感謝し、
祀ってくれることを喜んで、 祭りには必ず祝福しにやってくるという。

御神楽祭り
演能<禰宜とはなうり>・・・禰宜(右前)面は、翁(白尉)で村人に祝福を与えに来た様という。
左後は、「はなうり」は黒尉と呼ばれる翁で、鼻をつまんでは村人に投げつけ、跳びはねる。
威勢盛んな神の精気を村人に与える。

御神楽祭り
演能<しらみふくい・女郎面>・・・最初に写真後の「しらみふくい」一人が登場し、
体の方々をしらみがおるごとく面白可笑しく掻きながら、一巡し、囲炉裏の傍で虱を取る。
そのころ、遅れて美しい女臈が登場し、祈りながら 一巡するころ、
しらみふくいが見つけ、恐る恐る近づき、袖を引いたり、触ったりするが、
やがて後見人から 渡された提灯を持ち、女郎面の手を引いて退場する。
この舞は、しらみふくいの道化かかる様を面白おかしく 演じて、
能楽成立以前の猿楽能の姿が再現されている。

Thanks 河合さん

2010.1.10 UP
No.1148


河合さんの記事は「出かけよう!北遠へ−ふるさと散歩道」にも掲載されています。(てつ)

<奥三河の御神楽(みかぐら)祭り>を訪ねて―愛知県からのレポート

愛知県北設楽郡豊根村富山

読み方:あいちけん きたしたらぐん とよねむら とみやま

郵便番号:〒431-4121

豊根村HP

豊根村 - Wikipedia
豊根村(とよねむら)は、愛知県東三河北部(奥三河)に位置しており、長野県、静岡県と境を接する村で、北設楽郡に属する。16世紀までは、賀茂郡(加茂郡)に属していた。
2005年11月27日に、富山村を編入した。愛知県内で最も人口の少ない自治体。

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