■ 熊野の歌 |
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◆ み熊野の浦 |
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み熊野は熊野の美称で、み熊野の浦はどこか一つの浦をいうのでなく、熊野の海辺全般のことをいうのだと思います。 「み熊野の浦の浜木綿」で、「かさねん」を起こす序詞として用いられています 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) ・『万葉集』(巻第四 496・新499)
・『拾遺和歌集』(巻第十一 668)
和歌山県新宮市三輪崎(みわさき)の海岸近くの孔島(くしま)という小さな島は、浜木綿(はまゆう)の群生地として知られていて、そこには、人麻呂の「み熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)百重(ももへ)なす心は思へど 直に逢はぬかも」(『万葉集』巻第四 496・新499)の歌碑が建っています。 伊勢(いせ) ・『新古今和歌集』(巻第十一 恋歌一 1048)
平兼盛(たいらのかねもり。?〜990) ・『拾遺和歌集』(巻第十四 恋四 890)
(兼盛 巻第十四 恋四 890)
道命阿闍梨(どうみょうあじゃり。974〜1020) ・『後拾遺和歌集』(巻第十五 雑一 885)
後深草院少将内侍(ごふかくさいんのしょうしょうないし。正四位下左京権大夫藤原信実の娘。鎌倉時代) ・『夫木和歌抄』(巻二十三 雑五 10581)
浦廻とは海岸の曲がりくねった所をいう言葉で、現在は河口から2kmほど上流に浮かぶ御船島ですが、当時は現在よりも海に近かったのでしょうね。 10世紀末頃に成立したとされる中古の物語『落窪物語』より。作者は不明。 ・『落窪物語』巻二―落窪姫君―
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ (てつ) 2005.8.30 UP ◆ 参考文献
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