■ 熊野の歌

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◆ 加納諸平


 国学者であり紀州藩の藩士であった加納諸平(かのうもろひら。1806 〜1857)は、藩命を受け、『紀伊続風土記』撰修のために熊野を三度訪れていますが、歌人でもあった諸平はその折に出会った熊野の風景や風俗などを歌に詠んでいます。

 新宮市出身の文学者・佐藤春夫は、加納諸平のことを随筆「熊野路」で、

 諸平は熊野の人ではないが前後三回の熊野踏破中に得た数十首の秀歌によつて郷土詩人であるかの観がある。

 と述べており、諸平の歌をいくつか引用しています。
 以下に加納諸平の歌をご紹介しますが、すべて佐藤春夫の「熊野路」からの孫引きです。

 熊野の木こりの暮らしぶりを詠んだ歌、3首。

山かつがもちひにせんと木の実つきひたす小川を又やわたらむ

木こりが餅にしようと木の実を浸している小川をまた渡るのだなあ。

大かたは秋とも知らぬ山かつが笥(け)に盛る飯は木の実なりけり

木こりが弁当箱に盛っている飯は木の実であるのだなあ。

山かつがまとふつづりの古衣さしもおもはずよそにききしを

木こりが草を織って綴った古衣をまとっていた。噂には聞いていたが、思いがけず、実際に見ることができた。

 加納諸平が訪れた当時、熊野の山中に暮らす人々は木の実を主食とする採集生活をしていたのですね。
 同じ紀州であるのに紀北とはまるで違う紀南(熊野)の風俗に加納諸平は驚きを覚え、その驚きがこれらの歌となったのでしょう。

 那智の滝を見て詠んだ歌、3首。

壁たてるいはほとほりて天地にとどろきわたる滝の音かな

壁が立っているような巌を通って天地に轟きわたる滝の音であるなあ。

高機をいはほにたてて天つ日の影さへ織れる唐にしきかな

高機(たかはた。機織り機)を巌に立てて日の光を織った唐錦のような滝だなあ。

あしたづの翅のうへに玉しきて神やますらむたきのみなかみ

鶴の羽の上に玉を敷いて神がいらっしゃるのだろうか。滝の水上には。
葦田鶴(あしたづ)は鶴の異称。

(てつ)

2004.2.24 UP

 ◆ 参考文献・引用文献

『定本 佐藤春夫全集 第21巻 評論・随筆3』臨川書店
 (引用個所は164頁・173頁)
梅原猛『日本の原郷 熊野』とんぼの本 新潮社
『紀伊続風土記』臨川書店

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