■ 熊野の歌

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◆ 熊野権現


 日本の神様は和歌を詠みます。

八雲立つ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を

(訳)たくさんの雲が立つ。その雲が幾重もの垣根のように私の家を取り巻いている。その中に私は妻を取り籠める。雲が幾重にも幾重にも垣根をつくっている。

 これは日本で初めて詠まれたとされている三十一文字の和歌で、詠み人はスサノオノミコトという神様。当然、熊野の神様も和歌を詠みます。

『新古今和歌集』より2首。

1. 道とを〈ほ〉しほどもはるかにへだたれり思ひを〈お〉こせよわれも忘れじ

この歌は、陸奥に住みける人の、熊野へ三年詣でんと願を立ててまい〈ゐ〉り侍(はべり)けるが、いみじうくるしかりければ、いまふたゝびをいかにせんと歎きて、御前(おまへ)に臥したりける夜の夢に見えけるとなん

(巻第十九 神祇歌 1859)

(訳)陸奥から熊野への道は遠い。距離もはるかに隔たっている。参詣しなくてもよいから、私のこと思い起こして祈願を送ってよこしなさい。私もそなたのことは忘れはしない。

陸奥の人が熊野権現の社前に臥した夜の夢のなかで熊野権現から送られたという歌。

2. 思ふこと身にあまるまでなる滝のしばしよどむをなに恨むらん

この歌は、身の沈める事を歎きて、東(あずま)の方(かた)へまからんと思ひ立ちける人、熊野の御前に通夜して侍(はべり)ける夢に見えけるとぞ

(巻第十九 神祇歌 1860)

(訳)そなたの願うことはこれから身にあまるほどに叶うのに、音を立てて落ちる滝が、ほんのしばしの間、淀むのを、どうして恨んでいるのだろうか。

身が落ちぶれた人が熊野権現の社前に参籠して夜通し祈願していたときに見た夢のなかで、熊野権現から送られた歌。
「なる」は「成る」よ「鳴る」の掛言葉。「よどむ」は「滝」のい縁語。

『玉葉和歌集』より5首

1. 待わびぬいつかはこゝにきの国や むろの郡ははるかなれども

此歌は、筑紫に侍ける人の子の、三にて病ひして日数かさなりけるを、親ども歎きて、熊野へ参らすべきよし願書を書てをきながらをこたりけるを、年月へて七歳にてまた重くわづらひける時、詫宣ありけるとなん

(巻第二十 神祇歌 2733・新2719)

(訳)待ちわびた。いつここに来るのだろうか。紀の国の牟婁郡(熊野のこと)ははるか遠いけれども。

筑紫にいる人の子供が3歳で病いにかかり治らなかったので、親たちが嘆いて熊野を詣でる願書を書いたが、実際に詣でることを怠っていた。年月経て7歳になった子供がふたたび重い病にかかったときに託宣があった。そのときの歌だとか。

2. 夜もすがら仏の御名をとなふれば こと人よりもなつかしきかな

是は徳治三年の春のころ、今熊野に本山の衆どもうつりゐて行ひなどしけるに、ある人筝を弾きて手向奉らんとしけるかたはらに、高声念仏を申す人の侍けるをいとはしく覚えて、うちまどろみ侍ける夢に見えけるとなん

(巻第二十 神祇歌 2735・新2721)

(訳)一晩中念仏していると、他の人よりも懐かしく感じるものだなあ。

京都の新熊野で、ある人が筝(そう)の奉納演奏をしようとしていたが、その傍らで念仏を唱えている人がいたので、それをある人がいとわしく思ってまどろみ見た夢のなかで熊野権現が示した歌。

3. 色ふかく思ひけるこそうれしけれ もとのちかひをさらに忘れじ

此歌は、武蔵国に侍ける人、熊野に詣で証誠殿御前に通夜して後世の事を祈り申侍けるに、夢のうちにしめし給けるとなん

(巻第二十 神祇歌 2739・新2725)

(訳)思いが深かったのが嬉しいなあ。あなたの誓いを決して忘れまい。

証誠殿(しょうじょうでん。熊野本宮の本社。第三殿)の前で夜を徹して祈っていたときにまどろみ見た夢のなかで熊野権現が示した歌。

4. 待てしばし 恨なはてそ 君をまもる心の程は行末をみよ

この歌は、ある人身の沈める事を熊野にまうでてうれへ申けれど、しるしなくて久しくなりける事を恨みて御前に通夜して、「はぐくまぬ人こそあらめ うきによりて神だに身をば思ひ捨けり」とよみてまどろみ侍けるに、西の御前の方より人の声にてしめし給けるとなん

(巻第二十 神祇歌 2742・新2728)

(訳)しばらく待て。完全に恨みきってくれるな。お前を護る私の心の程はこれからを見てくれ。

ある人が身分が卑しいままでいるのを憂えて熊野に詣でたが、久しく何の答えもないのを恨んで本宮の社殿の前で夜を徹して祈り、「神さまが世話をしない人もあるのだろう。神さまでさえ我が身を見捨てたのだなあ」と歌を詠んでまどろんでいたところに、西の御前(熊野本宮の第一殿)の方から人の声で示した熊野権現の歌。

5.    熊野御幸卅二度の時、御前にておほしめしつゝけさせ給うける/後白河院御製

忘るなよ雲は都をへだつとも なれて久しきみくまのゝ月

(巻第二十 神祇歌 2783・新2769)

御かへし、かんなぎに詫宣せさせ給ける

しはしばもいかが忘れん 君をまもる心くもらず みくまのゝ月

(巻第二十 神祇歌 2784・新2770)

(訳)慣れて久しいみ熊野の月よ。雲が都を隔てたとしても、私のことを忘れないでください。

(訳)どうして忘れようか。あなたを護る心は曇りませんよ。

歴代の上皇のなかで最多の34回もの熊野詣を行った後白河上皇が32回めの熊野御幸のときに神前で詠んだ歌と、それに対して巫女を通して下された熊野権現の返歌。

『風雅和歌集』より1首

1. もとよりも塵にまじはる神なれば 月のさはりも何かくるしき

是は、和泉式部熊野へまうでたりけるに、さはりにて奉幣かなはざりけるに、「晴やらぬ身のうき雲のたなびきて月のさはりとなるぞかなしき」とよみてねたりける夜の夢につけさせ給けるとなん

(巻第十九 神祇歌 2109・新2099)

(訳)もとより俗塵に交じっている神であるので、生理中でも気にすることはありません。いらっしゃい。

和泉式部が熊野に詣でたときに生理になってお参りできずに「こんなときに生理になって悲しい」と歌に詠んで寝た夜の夢のなかで熊野権現が返した歌。
かつては女性の生理は不浄なものとされ、生理中の女性は神域への立ち入りを禁じられた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

寛永頃に書かれて、赤木文庫に所蔵されている『くまのゝ本地』より1首(高西さんより教えていただきました)

1. あながちに、わがまへゝとて、きたらねと、こころをはこふ、ほとそうれしき

(訳)

(てつ)

2004.9.12 UP
2010.9.27 更新

 ◆ 参考文献

梅原猛『古事記』学研M文庫
新日本古典文学大系11『新古今和歌集』岩波書店
『新編国歌大観 第一巻 勅撰集編 歌集』角川書店

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■熊野権現の歌
新古今集…2首
玉葉集…5首
・風雅集…1首

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