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◆ 宴曲「熊野参詣」


 宴曲とは、中世、遊宴のときに歌われた歌曲です。
 現存する宴曲は百数十曲。そのなかに熊野詣のことを歌った「熊野参詣」と題された曲がありますので、ご紹介します(『宴曲抄』上『続群書類従』一九下)。

 その前に少し宴曲について。
 中世の記録には「宴曲」という名称は見えず、「早歌」というのが普通。
 「早歌」を集めた撰集の代表的なものに『宴曲集』『宴曲抄』があり、そこから「早歌」を後に「宴曲」と呼ぶようになりました。
 宴曲は、東国から始まった歌謡で、鎌倉時代中期ごろより流行しはじめ、神楽・催馬楽今様のような叙情小曲でなく、叙事的な中長編歌謡として新しいひとつのジャンルを次第に確立。
 宴曲の代表的な作者は鎌倉時代後期の明空。明空によって、多くの宴曲が作詞され、また『宴曲集』『宴曲抄』『真曲抄』『究百集』などが撰集されました。

 それでは宴曲「熊野参詣」を。
 今回は口語訳なしで。長い歌ですが、お付き合いください。

八相成道の無為の城、真如の台は広けれど、和光同塵の月の影は、やどらぬ草葉やなかるらん、さればや景行賢御代の事かとよ、南山の雲に跡を垂れて、星を連ぬる瑞籬に、誠の心をみがきつゝ、誰かは歩をはこばざらん、

或は五更に夢をさまし、夕陽に眠を除て、煩悩の垢をやすゝぐらむ、宵暁の去垢の水、所をいへば紀伊国や、無漏の郡彦の山路の、雲の涛煙の浪を凌て、思立より白妙の、衣の袖を連つゝ、都を出道すがら、あの北に顧れば又大内山は霞つゝ、へだつる跡もとをざかり淀の河舟さしもげに、急とすれど在明の、名残はしゐて大江山に、かたぶく月やのこるらん、

行末をはるかに美豆の浪よする渚の院、男山につゞける交野禁野の原、向の汀につのぐむ、芦の若葉を三島江や、難波も近成ぬらむ、九品津小坂郡戸の王子、過行方にやすらへば、武庫の山風おろしきて、浦吹送音までも、是や高津の宮柱、建て旧びし跡ならん、西をはるかに望めば、夕日浪にうかびて、淡路の瀬戸の夕なぎに、蘆手にまがふ薄霞、絵島の磯の遠津浦、

東に顧れば又、あの伽藍甍を並て、宝塔雲にかゞやき、一輪光を残つゝ、転法輪所を顕して、法灯今に絶せず、並たてる安部野の松に、鶴鳴わたる磯伝、君千年は津守の、恨をのこす事もなく、まいれば願を満潮の、入江の松をあらふ浪の、白木綿かゝる瑞籬、神冷まさる住吉の、千木の片そぎ立並、舞袖もおかしきは、王子々々の馴子舞、法施の声ぞ尊、

  南無日本第一大霊験熊野参詣

秋の夜の暁深立こむる、切目の中山中々に、月にこゆればほのぼのと、天の戸しらむ方見えて、横雲かゝる梢は、そも岩代の松やらん、千里の浜をかへりみて、皆へだてこし道とをみ、万山行ば万の罪きえて、今はや出立田の部の浦、砂地白(2文字分の反復)とゆかば(砂地白くミゆるハイ)、白良の浜月影、影ぬ御代は秋津嶋の、神もさこそは照すらめ、

万呂の王子の神館、見すぐし難き稲葉峯、穂並もゆらとうちなびく、田頬を過て是や此、岩田の河の一の瀬、きゝのみわたりし流ならん、倩其の水上の、深誓をおもへば、浮たる此身のさすらひて、無始の罪障は重とも、さも消やすき泡の、哀あひがたき道に入れば岩こす浪の玉とちる、

涙も共にあらそひて、幾瀬に袖をぬらすらん、山河の打漲て落滝の尻、渡せる橋も頼母敷、彼岸につく心ちすれば、誰かはたのみをかけざらむ、王子々々の馴子舞、法施の声ぞ尊、

  南無日本第一大霊験熊野参詣

山下に上を望ば、樹木枝をつらね、松柏緑陰しげく、道は盤巌折○(山かんむりに顛)に通じて逆上、登々ては暫休石龕の辺、行行ては尚又幽々たりとかや、此雲に埋む峯なれば、げに高原の末とをみ、疑(凝か)敷岩根は大坂の、王子を過て行前も、はや近露にや成ぬらん、

檜曽原しげり木の下、木枯さむく雪ちれば、花かとまがふ継桜、岩神湯の河はるばると、御輿をこえて傍伝、閑谷人希也、鳥の一声、汀の氷、峰の雪、物ごとにさびしき色なれや、

うれしきかなや仰見て、是ぞ発心の門ときけば、入よりいとゞにごりなく、心のうちの水のみぞ、げに澄まさりて底清く、あらゆる罪も祓殿、御前の川は音無の、浪しづかなる流なればかや、

社壇軒を並て、あの三所権現若王子、五体四所の玉枢、満山の護法に至まで、或は久遠の如来も、常寂光の宮を出、或は○(門がまえに單)提補処の菩薩、慈悲忍辱の姿を、しばらくかりにかくして、様々の利益を施す、

御正体の鏡は塵をはらひて陰なく、珠簾玉を厳つゝ、薫香風にかほるらん、向へる峰は備崎、行道もしられつゝ、惣持陀羅尼蘇多覧般若の声耳に満り、河船に法のしるべもうれしければ、いつか仏の御本へと、思ふ心を先立て、煩悩の浪をや分過、雲通荅路紫金瀬、取々なる道とかや、新宮は垂跡の始なり、

飛鳥の宮 神の蔵、先此山に顕はれ、巫女が鼓も打憑、々をかくる木綿襁、佐野の浜松幾代経む、同緑の梢なれど、此二千石の号ありし、いかなる様なりけむ、

磯路を廻浜の宮、山路に向ふ坂本、那智の御山は安名尊、あの飛瀧権現御座、苔踏ならす岩がね、所々の霊窟、半天雲を穿て、三滝浪を重、峯より落滝下の、例時懺法声澄て、滝水漲音さびし、

かゝる流の清ければ、かたじけなくも陰なき、清和寛平花山より、代々の聖代も此所に、あれ今に絶ず御幸あれば、百王の末も瑞籬の、久しき神の御代なれば、我国やいつも栄ん、

 熊野古道「中辺路」を歩かれたことのある方でしたら、ご存知の地名がたくさんあるはずです。

(てつ)

2005.10.12 UP

 ◆ 参考文献

『本宮町史 文化財編・古代中世史料編』
日本古典文学大系44『中世近世歌謡集』岩波書店

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