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◆ 小栗判官5 水の女


 人の子を殺しておいて我が子を殺さねば都の聞こえも悪い、ということで・・・

 ああ、いたわしや。兄弟は、何事もものは言わずに、申すまいよの宮仕い、我ら兄弟は義理の前には、身を分けた親でさえ背かねばならぬ世の中で、そうであるならば沈めにかけようと思いながら、簡単に了承なされて照手の局へいらっしゃって、
 「のういかに、照手さま。さて、夫の小栗殿と十人の殿原たちは、蓬莱の山の御座敷でご殺害されました。お覚悟ください、照手さま」

 照手、これをお聞きになって、
 「何と申すのか、兄弟は。時も時、折も折、近くに寄ってもの申せ。さて、夫の小栗殿はと十人の殿原たちは、蓬莱の山の御座敷でご殺害された、と申すかよ。さても悲しき次第であるこよ。自らがいろいろと申し上げたのに、ついにご承諾されなくて、今の憂き目の悲しさよ。自ら夢ほど知っていたなら、蓬莱の山の御座敷へ参って、夫の小栗殿の最期にお抜きになった刀を胸元へ突き立てて、死出三途の大川を手と手と組んでお供申すものならば、今の憂き目はまさかあるまい」

 泣いたり、愚痴をこぼしたりなされるが、嘆いても甲斐がない。ちきり村濃(むらご)の御小袖を一重ね取り出し、
 「やあいかに、兄弟よ。これは兄弟に取らすぞ。おんないしう(恩無い主か)の形見と見、思い出した折々は、念仏してたまわれの。唐の鏡や十二の手具足をうえの寺へあげ申し、姫の亡き跡を弔ってたまわれの。憂き世にあれば思いが増す。私の末期を早めよう」
 手ずから牢輿(ろうごし)にお乗りになると、御乳や乳母や下の水仕に至るまで、われもお供申すべし、われもお供申そうと、輿の轅(ながえ)にすがりつき、みなさめざめとお泣きになる。

 照手はこれをお聞きになって、
 「もっともなことです、女房たち。隣国他国の者にまで、慣れれば、名残りの惜しいもの。まして御乳や乳母のことであるので、名残惜しいのももっともなことです。千万の命をくれるより、沖がかっぱと鳴ったら、今こそ照手の最期だと鉦鼓を打ち鳴らして、念仏申してたまわれの。憂き世にあれば思いが増す。私の末期を早めてくれ」
 と、お急ぎになるので、間もなく相模川にお着きになる。

 相模川にも着いたので、小船一艘をおし下ろし、この牢輿を乗せ申し、押すや舟、漕ぐや舟、唐櫓(からろ)の音に驚いて、沖のカモメはハッと立つ。渚の千鳥は友を呼ぶ。
 照手はこれをお聞きになって、
 「千鳥さえ、千鳥さよ、恋しき友を呼ぶものを、さて、私は誰を頼りにおりからが淵へ急ぐのか」
 と、泣いたり愚痴をこぼしたりなされるが、お急ぎなので、間もなく、おりからが淵にお着きになる。おりからが淵に着いたので、ああ、いたわしい、ここに沈めようか、あそこで沈めようかと、沈めかねている有り様よ。

 兄の鬼王が弟の鬼次を近付けて、
 「やあ、いかに、鬼次よ。あの牢輿のなかにいる照手の姫の姿を見申し上げると、日の出の花のつぼみのごとくである。また、われら二人の姿を見ると、入り日に散る花のごとくである。いざ、命を助け申し上げよう。命を助けた罪に罰せられるとしても仕方のないことである」
 「そのつもりでおられるのならば、命を助け申し上げよう」
 と、後と先との沈めの石を切って放し、牢輿だけを突き流した。
 陸にいらっしゃる人々は、今こそ照手の最期よと鉦鼓を打ち鳴らして、念仏申し上げ、わっと叫ぶ声は、六月の半ばのことであるが、蚊の鳴く声もこれにはどうして勝ろうか(どういう意味でしょうか?)

 ああ、いたわしや。照手の姫は、牢獄の中からも西に向かって手を合わせ、観音の要文にある経文から「五逆生滅、しゅしゅしょうさい、一切衆生、即身成仏、よい島にお上げになってください」とお唱えになると、観音もこれをあわれとお思いになって、風にまかせて吹くと、ゆきとせが浦に吹き着いた。
 ゆきとせが浦の漁師たちはご覧になって、「どこからか祭りものして流したのだろう。見てまいれ」と申すのである。若い船頭たちは「承ってございます」と、見申し上げたところ、「牢輿に口がない」と申すのである。
 太夫たちはお聞きになって、「口がなければ、打ち破って見よ」と申した。「承ってございます」と、櫓櫂でもって打ち破って見たところ、中には楊柳(ようりゅう)の風にふけたるような(意味がわかりません)姫がひとり涙ぐんでいらっしゃる。

 太夫たちは、これを見て、「さあ、申さぬか。このごろ、漁がなかったのは、その女のせいよ。魔者、化物か、または龍神に関わりの者か、申せ申せ」と櫓櫂でもって打った。
 なかにも、村君(むらぎみ。漁夫の長のこと)の太夫殿と申す者は、慈悲第一の人であるので、あの姫の泣く声をじっとお聞きになって、
 「のう、どうだろう。船頭たち。あの姫の泣く声をじっと聞くと、魔者、化物でもなし、または龍神の者でもなし。どこからか継母の讒言により流された姫のように見える。御存じのごとく、それがしは子もない者であるので、養子にしようと思う。それがしにくだされ」
 と、太夫は姫を自分の家のお連れなさって、内の姥(うば)を近づけて、「やあいかに、姥。浜路より養子を連れてきたので、よく面倒を見てやってくれ」と申した。

 姥はこれを聞くよりも、
 「のういかに、太夫殿。それ。養子などと申するは、山へ行っては木を伐り、浜へ行っては太夫殿の相櫓も押すような十七、八の童こそよい養子であると申せ。あのような楊柳(ようりゅう)の風にふけたるような姫ならば、六浦が浦(もつらがうら。横浜市金沢区六浦町付近)の商人に料足、一貫文か、二貫文でやすやすと売るのが、銭を儲け、よいのではあるまいか。太夫、いかに」と申すのである。
 太夫はこれを承って、あの姥と申するは、子があればあると申し、なければないと申す。
 「御身のような邪険な姥と連れ合いになって、ともに魔道へ堕ちるよりは、家・財宝は姥の暇に差し上げよう」と、太夫は姫と諸国修行を志す。

 姥はこれを聞いて、太夫に出て行かれては大変だと思い、「のういかに、太夫殿。今のは冗談です。あなたも子もなく、私も子もない者なので、養子にしましょうか。お戻りくだされ、太夫殿」
 太夫は、正直人なので、お戻りになって、自分の生業である釣りに沖にお出になった後に、姥が企む謀叛は恐ろしや。
 「それ、男と申すは、色の黒い女がいやになると聞く。あの姫の色を黒くして、太夫が嫌うようにしよう」とお思いになり、浜路へお連れしつつ、塩を焼く小屋の棚へ追い上げて、生松葉を取り寄せて、その日は一日、いぶしなさる。
 ああ、いあたわしや、照手さま。煙が目口に入る様は譬えようもない。
 しかし、照る日月の申し子なので、千手観音が影身に添ってお立ちあるので、ちっとも煙いことはなかった。

 日も暮れるころになったので、姥は「姫、降りよ」と、見てみると、色の白い花に薄墨をさしたような、なおも美人の姫とおなりになる。
 姥はこの様子を見て、「さて、今日は無駄骨を折った。腹立たしいことよ。ただもう売ってしまおう」と思い、六浦が浦の商人に料足二貫文でやすやすと売りはらって、
 「銭を儲け、胸の炎は消えたのではあるが、太夫の前でどう説明したらよいか。まったくまことに、昔を伝えて聞くからに、七尋の島に八尋の舟を繋ぐ(他に頼るものがないと頼りにならないものにでも頼ってしまうという意味の諺。尋(ひろ)は両腕を広げた長さ)のも、これも女人の智慧。賢い物語を申そう」と、待っていた。

 太夫は釣りからお戻りになって、「姫は姫は」とお問いになる。
 姥はこれを聞いて、
 「のういかに、太夫殿。今朝、姫はあなたの跡を慕って、参ったが、若い者のことなので、海上へ身を入れたやら、六浦が浦の商人が舟にでも乗せて行ったのやら、思いも恋もせぬ姥に思いをかける太夫や」と、まず、姥はうそ泣きを始めた。

 太夫は、これを承って、
 「のういかに、姥。心から悲しくてこぼれる涙は、九万九千の身の毛穴が潤いわたって、首より空の憂いの涙と見えるが、太夫の目は眇(すがめ)か。御身のような邪険な人と連れ合いになって、ともに魔道へ堕ちるよりは、家・財宝は姥の暇に差し上げよう」
 と、太夫は元結を切り、西に投げ、濃い墨染めに様を変え、鉦鼓を取って、首に掛け、山里へ閉じこもり、後生大事とお願いしているが、人は、これをご覧になって、皆が皆、村君の太夫殿を誉めた。

 これは太夫殿の物語。これはさておき申して、ことに哀れをとどめたのは、六浦が浦にいらっしゃる照手の姫で、諸事の哀れをとどめた。

 ああ、いたわしや。照手の姫を、六浦が浦でも買い止めず、釣竿の島(不詳)にと買って行く。釣竿の島の商人が価が増せば売れよといって、鬼が塩谷(新潟県岩船郡神林村塩谷)に買って行く。鬼が塩谷の商人が価が増せば売れよといって、岩瀬(富山市岩瀬付近)水橋(みずはせ。富山市水橋町水橋付近)、六渡寺(ろくどうじ。富山県新湊市六渡寺)。氷見(ひび。富山県氷見市内)の町家へ買って行く。氷見の町家の商人が、能がない、手に職がないといって、能登の国とかの珠州(すず。石川県珠州市内)の岬へ買って行く。

 ああ、おもしろい、里の名は。よしはら(不詳)、さまたけ(不詳)、りんかうし(不詳)、宮の腰(石川県金沢市金石の旧名)にも買って行く。宮の腰の商人が価が増せば売れよといって、加賀の国とかのもとをりこまつ(石川県小松市本折町か)へ買って行く。もとをりこまつの商人が価が増せば売れよといって、越前の国とかの三国の湊(福井県坂井郡三国町三国付近)へ買って行く。三国湊の商人が価が増せば売れよといって、敦賀の津(福井県敦賀市内)へも買って行く。敦賀の津の商人が、能がない、手に職がないといって、海津の浦(かいづのうら。滋賀県高島郡マキノ町海津)へ買って行く。海津の浦の商人が価が増せば売れよといって、上り大津(のぼりおおつ)へ買って行く。上り大津の商人が価が増すといって売ると、商いもののおもしろさ、後よ先よと売るほどに、美濃の国、青墓(おうはか。岐阜県大垣市青墓付近)の宿の万屋の君の長殿が代を積もって十三貫で買い取ったのは、哀れなことでございます。

 君の長は、ご覧になって、ああ、嬉しいことだ、百人の流れの姫(遊女)を持たずとも、あの姫ひとり持てば、君の長夫婦は、楽々と暮らせることのうれしさよと、一日二日はよいように寵愛なさるが、ある日、雨中のことであるが、姫を御前にお呼びになって、「のういかに、姫。ここでは生まれた国の名を使って名を呼ぶので、御身の国を申せ」と申すのである。
 照手は、これをお聞きになって、常陸の国と申したものか、相模の国と申したものか。ただ夫の古里なりとも、名につけて、朝夕に呼ばれて、夫に添う心がけでいようとお思いになって、こぼれる涙のひまよりも(「ただ涙をこぼしているより、名に常陸と名づけ、夫に添う心がけでいるほうがよいと思って」ということでしょうか)、常陸の者との仰せである。

 君の長はお聞きになって、「その儀であるならば、今日より御身の名を、常陸小萩とつけるから、明日になったら、鎌倉関東の下り上りの商人の袖をも控え、お茶の代金をもお取りになって、君の長夫婦もよいように養ってくだされ」と、十二単(ひとえ)を差し上げた。
 照手は、これをお聞きになって、「さては、流れを立てよ(遊女の勤めをせよ)ということか。いま、流れを立てるものならば、草葉の陰にいらっしゃる夫の小栗殿がさぞや無念に思われるだろう。何なりと申して、流れを立てないようにしよう」とお思いになり、
 「のういかに、長殿様。さて、私は幼少のときに、両親と死に別れ、善光寺参りの途中に、人がかどわかし、あちらこちらと売られるも、内に悪い病いがございますので、男の肌を触れれば、悲しいことに必ず病いが起こります。病いが重くなるものならば、値は必ず下がります。値の下がらぬその前に、どこへなりともお売りになってください」

 君の長はお聞きになって、「両親に死に別れたのではなく、ひとりの夫に死に別れ、賢人ぶる女と見える。なに、賢人ぶるとも、手痛いことをあてがえば、流れを立てるだろう」と、お思いになって、
 「のういかに、常陸小萩殿。さて明日になったら、蝦夷、佐渡、松前に売られて、足の筋を断ち切られ、日に一合の食を服し、昼は粟畑の鳥を追い払い、夜は魚や鮫の餌になるか。それとも、十二単を身に飾り、流れを立てるか。好きに選べ。常陸小萩殿」との仰せである。

 照手は、これをお聞きになって、
 「愚かな長殿の仰せです。たとえ、明日、蝦夷、佐渡、松前に売られて、足の筋を断ち切られ、日に一合の食を服し、昼は粟畑の鳥を追い払い、夜は魚や鮫の餌になるとも、決して流れは立てますまいよ。長殿」
 君の長はお聞きになって、
「憎いことを申すやな。やあいかに、常陸小萩よ。さて、ここには、百人の流れの姫がいるが、その下働きの水仕事は十六人でしている。その十六人分の下働きの水仕事を、御身ひとりでいたすか、十二単を身に飾り、流れを立てるか。好きに選べ。小萩殿」

 照手は、これをお聞きになって、
 「愚かな長殿の仰せです。たとえ私に千手観音の御手ほどあるとしても、その十六人分の下働きの水仕事が自分ひとりでできるはずがありません。しかし、承れば、それも女人の仕事とか。たとえ十六人分の下働きの水仕事をいたすとも、決して流れは立てまいよ。長殿様」
 君の長はお聞きになって、「憎いことを申すやな。そのつもりでいるならば、下働きの水仕事をさせい」といって、十六人の下働きを一度にはらりと辞めさせて、水仕事は照手の姫ひとりに任された。

 「下りの駄馬が五十匹、上りの駄馬が五十匹、百匹、着いたわ。糠を与えい」
 「百人の馬子たちの足の湯・手水、飯の用意をいたせ」
 「十八町(一町は約109m)向こうの野中にあるお茶用の清水を汲んで来い」
 「百人の流れの姫の足の湯・手水、髪を結ってあげなさい。小萩殿」
 こちらへ常陸小萩、あちらへ常陸小萩と、召し使っても、照る日月の申し子のことなので、千手観音が影身に添って、お立ちなので、以前の十六人の下働きよりも仕事を早く終えることができた。

 ああ、いたわしや。照手の姫は、それをも辛苦とお思いにならずに、立ち居に念仏をお唱えになるので、流れの姫はお聞きになって、「まだ年若い女房が後生大事と念仏をたしなんでいるから、あだ名をつけて呼ぼう」といって、常陸小萩に代えて念仏小萩とおつけになる。
 あちらへ常陸小萩よ、こちらへ念仏小萩と、召し使うので、人にその身を任すので、たすきのゆるまる暇もない。御髪の黒髪に櫛の歯を入れることもできない。
 このような辛い奉公を三年の間、なされるのは、哀れなことでございます。

 これは照手の姫の御物語。

 零落した女主人公が水や湯に関わる仕事をするというのは、中世の物語に多いらしいですが、水は汚れを浄める浄化力をもつ神聖なものであり、その水の浄化力によって女主人公は浄められると考えられたようです。

 のちに小栗は荒人神となり、美濃の国墨俣の正八幡として祀られます。つまり、照手は神の嫁となるわけですが、照手が神の嫁となるには、水仕女として神仏に奉仕し、水の聖性により身を浄めるという体験を経なければならないと考えられたのでしょう。

(てつ)

2002.12.3 UP

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 ◆ 参考文献

室木弥太郎 校注『説経集』新潮日本古典集成
荒木繁・山本吉左右編注『説経節 山椒太夫・小栗判官他』東洋文庫 平凡社
近藤ようこ『説経 小栗判官』白泉社

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■小栗判官
1 深泥ケ池の大蛇
2 照手姫
3 人喰い馬
4 小栗の最期

5 水の女
6 餓鬼阿弥
7 小栗復活

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