■ 熊野の説話 |
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◆ 小栗判官3 人喰い馬 |
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さてさて、照手の元に強引に婿入りした小栗でしたが・・・ このこと、父横山殿に漏れ聞こえ、5人の御子息を御前にお呼びになり、「やあ、いかに、嫡子のいえつぐ、乾の方の主殿造りへは、初めてのお客人が来たとのことだが、汝は存ぜぬか」との仰せである。 いえつぐは、これをお聞きし、烏帽子の招(まねき。烏帽子の前方上部)を地に着けて、涙をこぼして申される。 あの小栗と申す者は、天より降りてきた人の子孫であるので、力は八十五人力、荒馬乗りの名人とか。十人の家来たちもそれの劣らず、異国の魔王のようであるとか。武蔵・相模の七千余騎を集めて、小栗を討とうとなされても、たやすく討つことはできますまい。 横山はこれをお聞きになって、「今まではいえつぐは小栗を存ぜぬとと申していたが、すっかり許しているように見える。見るとなかなか腹も立つ。失せろ」との仰せである。 三男の三郎は父御の目の色を見申し上げ、 そのときに、横山殿が『いや、それがしはそのようなものは好かず、奥州より捕まえたばかりの馬を一匹もっております。ただ一馬場、乗りこなしてみせていただきたい』と御所望あるものならば、普通の馬と心得て、引き寄せ乗りましょう、その折にかの鬼鹿毛(おにかげ)がいつもの人秣(ひとまぐさ。餌になる人。鬼鹿毛は人を喰う)が入れられたと心得、人秣を食むものならば、太刀も刀もいらないでしょう。父横山殿」と申すのである。 横山はこれをお聞きになり、「よくも謀をめぐらした。三男よ」と、乾の局へ使者が立つ。 一献過ぎ、二献過ぎ、五献過ぎて、その後に、横山殿が『なにか、都のお客人、芸をひとつ』との所望である。小栗はこれをお聞きになり、『なにがしの芸には、弓か、鞠か、包丁さばきか、力業か、早業か、盤の上の遊び(碁や将棋、すごろくなど)か、どれでも御注文あれ』との仰せである。 小栗はこれをお聞きになり、ずんと立ち、座敷の中から厩にお移りになる。このたびは異国の魔王が蛇に綱を付けたものでも、馬だというならば、一馬場は乗りこなさねばなるまいとお思いになり、厩の馬丁、左近の尉を御前にお呼びになり、四十二間の名馬のその中を、あれかこれかとお問いになる。 左手と右手の萱原を見てみると、かの鬼鹿毛がいつも食み置いている死骨白骨、黒髪は算木を乱したようである。十人の殿原たちはご覧になって、「のういかに、小栗殿。これは厩ではなくて、人を送る野辺(葬送場)か」と申される。 かの鬼鹿毛がいつもの人秣が入ってきたと心得、前足で土を掻き、激しい鼻息は雷鳴のようである。小栗はこれをお聞きになって、厩の様子をご覧になる。 四町かいこめ(?)、掘りを掘らせ、山出し、八十五人ばかりで持ちそうな楠の柱を左右に八本、どうどうとより込ませ、真柱と見えたのには三人で抱きかかえるほどの太さほどありそうな栗の木の柱をどうどうとより込ませ、根引きにさせて、かなわじと(?)、たくさんの貫、枷を入れられていた。 小栗はこの様子をご覧になって、愚か者と夏の虫は飛んで火に入る(自ら、危険に身をさらす)。笛の音を妻と思って寄ってきた秋の鹿は、妻のためにその身を果てるが、今こそ、この小栗にもその思いが知られる。小栗は奥方で妻のために馬の餌として喰われたなどとなったら、都への人聞きも恥ずかしい。是非をもさらにわきまえず(?)。 十人の殿原たちはご覧になって、「のういかに、小栗殿。あの馬にお乗りなさい。あの馬が御主の小栗殿を少しでも喰おうと見えたら、畜生とて許すまい。鬼鹿毛の首を一刀ずつ仕返しをして、さてその後は横山の遠侍へ駈け入り、目釘のつづくかぎり防ぎ戦いして、三途の大河を、敵も味方も入り乱れて、にぎやかに御供申すものならば、何の面倒があろうか」。われ引き出そう、人引き出そうと、ただ一筋に思いきった矢先にはいかなる天魔鬼神も留まりようはない(うまく訳せません。(⌒o⌒;A)。 小栗はこれをお聞きになり、「あのような大剛の馬にはただ力業では乗られぬ」と、十人の殿原たちを厩の外へ押し出し、馬に宣命をよく言い含めた。 それはともかくも、この度はひとつ面目を施すために一馬場乗せてくれ。一馬場乗せてくれるものならば、鬼鹿毛が死してその後に、黄金御堂と寺を立て、鬼鹿毛の姿を真の漆で固めて、馬頭観音として祀ってやろう。馬は馬頭観音の化身であり、牛は大日如来の化身である。鬼鹿毛、どうだ?」とお問いになる。 人間は見知り申し上げないが、鬼鹿毛は、小栗の額に「よね」という字が三行坐り、両目に瞳が四体あるのを確かに拝み申し上げ、前膝をかっぱと折り、両目から黄色い涙をこぼしたのは、人間ならば、乗れと言わんばかりである。 「米(よね)」は菩薩の異称で、「米」の字は「八十八」と読める形をしているのでめでたい文字だとされるそうです。これが額に3つ並んだり、1つの眼に瞳が2つあったりするのは、その人物がただ者ではないことの証なのでしょう。ただし、その証は普通の人には見えません。 小栗はこの様子をご覧になって、さては乗れとの志か、乗ろうとお思いになり、厩の別当、左近の尉を御前にお呼びになり、「鍵をくれ」との仰せである。 小栗はこれをお聞きになって、ならば、馬に力のほどを見せてやろうとお思いになり、鉄の格子にすがりつき、「えいやっ」とお引きになると、錠、肘金はもげてしまった。閂(かんぬき)をとってそこらに置き、呪文をお唱えになると、馬に癖はなかった(? 意味がわかりません)。 左近の尉を御前にお呼びになり、「鞍、鐙(あぶみ。鞍の両脇に垂れて、人が左右の足をかけるもの)」とお乞いになる。左近の尉は「承ってございます」と、他の馬の金覆輪に手綱二筋縒り合わせ、とうりょうの鞭(不詳)を添えて差し上げた。 この鎖を手綱に縒り合わせ、真ん中を駒にかんしと噛ませ、駒を引っ立てて。褒められた。 胴の骨のありさまは、筑紫弓のじょうばり(不祥)が弦を恨み、一反り反ったがごとくである。尾は山上の滝の水がたぎりにたぎって、どうどうと落ちるがごとくである。後ろの股は、たうのしんとほん(不詳)とはらりと落とし、盤の上に二面並べたごとくである。 このようにお褒めになって、厩から馬を出すのに鞭をしっとと打ち、 堀の船橋をとくりとくりと乗り渡し、この馬が進みに進んで出る様子をものによくよく譬えると、竜が雲を引き連れ、猿が梢を伝い、荒鷹が鳥小屋を破って雉に会うがごとくである。 横山八十三騎の人々は、今こそ小栗の最期を見ようと、我先にと進めたけれども、「これはこれは」とだけで、もの言う人もまったくない。 小栗はこの様子をご覧になって、いずれにしてもかくなる上は乗ってみせたいものだとお思いになり、四足を揃え、十二段のはしごをとっくりとっくりと乗り上げて、主殿の屋端を駈けつ返しつお乗りになって、まっ逆さまに乗り降ろす。岩石降ろしの鞭の秘伝。 いえつぐはこの様子を見て、「四本がかり」と所望された。四本がかりの松の木へとっくりとっくりと乗り上げて、まっ逆さまに乗り降ろす。岨(そば。山道で崖が切り立った所)づたいの鞭の秘伝。障子の上に乗り上げて、骨をも折らさず、紙をも破らないのは、沼渡しの鞭の秘伝。碁盤の上の四つ立て(碁盤の上に馬の四つの足を揃えて乗せること)などもとっくりとっくりとお乗りになって、鞭の秘伝と申すは、立鼓そうこう、蹴上げの鞭、あくりう、こくりう、せんたん、ちくるい、めのうの鞭(不詳)。 手綱の秘伝と申すは、さしあい、浮舟、浦の波、とんぼう返り、水車、鷸(しぎ)の羽返し、衣被(きねかずえ)(不詳)、ここと思った鞭の秘伝、手綱の秘伝をお尽くしになるので、さすがの鬼影と申せども、勝る判官殿に胴の骨をはさまれて、白泡を噛んで、立っていた。 小栗殿は、汚れてはないけれども、裾の塵をうち払い、三かい(?)ばかりありそうな桜の古木に馬を引き繋ぎ、もとの座敷にお直りになる。 馬の法命(不思議な力)が起こったのだろうか、小栗殿の御威勢であろうか、三かいばかりありそうな桜の古木を根引きに、くっと引き抜いて、掘三丈(1丈はおよそ3m)を飛び越え、武蔵野に駈け出ると、小山の動くがごとくである。 小栗はこれをお聞きになって、そのような人の手に余る馬など飼わねばよいのにとは申し上げたくはございましたが、それを申せば、なにがしの恥辱であるとお思いになり、小高い所へさし上がり、芝繋ぎという呪文(立木のない芝地に馬をつなぎ止める呪文)をお唱えになると、雲を霞に駆けるこの馬が、小栗殿の御前に参り、諸膝を折って、敬った。 小栗はこれをご覧になって、「なんじは豪儀なことをいたすことよ」と、もとの御厩へ乗り入れて、錠肘金をとっくと下ろして、さてその後、照手の姫を御供になされて、常陸の国へお戻りなさるものならば、末はめでたかろうものを、また、乾の局にお移りになったのは、小栗の命運尽きた次第である。 お話はまだまだ続きますが、今回はここまで。 (てつ) 2001.6.20 UP ◆ 参考文献
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