■ 熊野の説話

 み熊野トップ>熊野の説話

◆ 伐っても伐っても伐れない木


 和歌山県田辺市本宮町の皆地(みなち)という里にはこんな話が伝わっています。

 皆地にある大池という池のそば、楠逧(くすのきざこ)と呼ばれる場所がある。
 そこには昔、大きく枝を広げた大楠があり、その枝先は鏡神社の裏山の「もんのくぼ」という所にまで届いていた。
 あるとき、村人がこの大楠を伐り倒そうと斧を入れたが、何度斧を入れても翌朝には伐り口は塞がり、元通りに戻っている。

 たまたま当地を訪れた陰陽博士の安倍晴明(あべのせいめい)、この話を村人から聞き、占ってみたところ、満月の夜に大楠の枝をつたって鏡神社を訪れる高野池の主の仕業だとわかった。伐り倒すには昼夜休まず斧を入れつづけ、その伐り屑をすべて焼きつくすようにとのこと。
 村人はその言葉通りに七日七夜伐りつづけ、ようやくのこと伐り倒すことができたという。

 熊野からはちょっと外れますが、同じ和歌山県内の龍神村小又川にはこんな話もあります。

 東のコウという谷の奥、大ジャというところに樹齢数千年の大欅(けやき)があったが、あるときやむをえずこの木を伐ることになった。8人で、カシキ(炊事係)1人を連れて山小屋に泊まり掛けで伐ることになり、合わせて9人、山に入った。初日、8人で大欅を伐ったが、木が倒れる前にみな空腹で疲れ果て、その日は伐り果たさずに小屋に帰った。

 翌日行ってみると、伐り口は塞がり、元通りになっていた。このようなことが2日ほど続いたので、夜、様子を見に行ってみると、坊主がひとり来て、木の伐り屑をひとつひとつ拾って継ぎ合わせ、伐り口を塞いでいた。そこで伐り屑を焼き尽くしてみたところ、さすがの坊主も伐り口を塞ぐことができず、翌日行ってみると木は倒れかかっていた。木を倒し終え、その夜は山小屋で酒宴を催し、みな酔い伏した。

 夜中にカシキが目覚めたところ、坊主1人、戸を開いて入ってきて、寝ている人々の布団をひとつひとつまくり、こいつは組親か、こいつは次のやつか、などと言っては手を突き出す。こいつはカシキか、置いてやれ、と言って、立ち去る。
 翌朝、カシキは8人みなが死んでいるのを発見した。あの怪僧が捻り殺したのだろうと言う。

 また、同じ龍神村小又川にこんな話もあります。

 むかし、龍神村の小又川に大きな檜(ひのき)があった。この木のせいで、まわりの田畑が朝夕、日陰になるので、伐ることになった。
 7人の木こりが1日かかって伐り倒したところ、その夜、7人の木こりが眠っていると、小坊主の姿をした木の精が現れて、木こりたちの枕をひとつひとつひっくり返していった。
 翌朝、7人の木こりたちはみな布団のなかで死んでいた。枕返しに枕を返されると、もうその人は生きていられないのだという。

 同じく龍神村の話。

 龍神村の小又川に大きな樅(もみ)の木があった。
 あるとき、8人の木こりがこの木を伐りにかかったが、大きな木なので1日では伐り倒せず、日が暮れると仕事を途中で止めて帰った。ところが、翌朝、行ってみると伐り口は消えて元通りになっていた。
 不思議に思って、木こりたちが夜、様子を見ていると、真夜中に蒼い衣を着た小坊主姿の木の精があらわれ、木の伐り屑を拾い集めて伐り口に詰め込んでいた。
 そこで次の日から、木こりたちは日暮れになると、その日の伐り屑を拾い集めて焼くことにした。そして7日目にようやく伐り倒すことができた。

 すると、その夜、夜更けに大勢の木の精がやってきて、木こりたちの枕をひとつひとつひっくり返していった。
 この木こりたちのなかにひとり、暇さえあれば般若心経を唱えている男がいた。枕返しが枕を返しに来たとき、この男はふと目を覚まし、枕元で、枕返したちが「こいつはいつも般若心経を唱えている信心深いやつだから、助けてやろう」と話し合っているのを聞いた。枕返したちはこの男の枕は返さずに引き上げていった。
 夜が明けると、この男を除いて、他の7人の木こりはみな死んでいた。

 枕を返されてしまうと死んでしまうというのは、よくわかりませんが、昔の人は、寝ている間、人の魂は肉体を離れて枕に宿っているというような考えをしていたのかもしませんね。

 皆地関連の熊野の説話

(てつ)

2009.3.29 更新

 ◆ 参考文献

中村浩・神坂次郎・松原右樹『日本の伝説39 紀州の伝説』角川書店
松居竜五・月川和雄・中瀬喜陽・桐本東太=編『南方熊楠を知る事典』講談社現代新書
文・和田寛 絵・松下千恵『紀州おばけ話』名著出版

Loading...
Loading...

amazonのおすすめ

 

 


み熊野トップ>熊野の説話