■ 熊野の説話 |
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◆ 熊野先達、金になること |
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鎌倉時代の高僧、無住(1226〜1322)が著した仏教説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』に熊野先達(くまのせんだつ)が登場するお話があります(拾遺〔六〕)。 熊野先達とは熊野詣の案内役をする僧のことです。 さて、『沙石集』にあるお話を。 熊野へ詣でる女房があった。先達はこの檀那(先達のよって案内される信者を檀那という)の女房に心をかけて、その気持ちを女房に度々伝えた。 年来近くに仕えていた女人が主人のその様子を見て、「何をお思いになっているのですか」と問うたところ、これこれと語って、「年久しく思い立って参詣するのにこのような心配事があるので、ものも食べられない」と言う。 さて、夜、身を寄せあったところ、先達はたちまち《金(かね)になった》。熊野では死を《金になる》と言った。女人には変わったことはない。 先達と檀那の関係は案内人と雇い主というような関係ではなく、道中の儀礼や作法を指導したことから師弟関係のようなもので、対等の関係ではなく先達のほうが上位に立ちます。 ところで、熊野詣の道中では、死ぬことを《金になる》と言いました。 熊野詣は精進潔斎の道であり、先達の指導のもと、参詣者たちは日々の精進潔斎に励みました。 《金になる》というのも熊野の忌詞のひとつで、30ほどの忌詞が熊野にはあったようです。例をあげると、 ●仏→サトリ ●経→アヤマキ ●寺→ハホウ ●堂→ハチス ●香炉→シホカマ ●怒り→ナタム ●打擲→ナヲス ●病→クモリ ●血→アセ ●啼く→カンスル ●死→カネニナル ●葬→ヲクル ●卒塔婆→ツノキ ●墓→コケムシ ●米→ハララ ●男→サヲ ●女→イタ ●尼→ヒツソキ or ソキ ●法師→ソキ など。 熊野詣の道をゆく者はこのような言葉の言い換えを先達から義務づけられました。そのため、道者は自分の口から出る言葉に注意を払わねばならず、自然、妄語も慎むように仕向けられたのでしょう。 しかし、そのような指導をする先達がセクハラ行為をするというのは、やはり困ったものですね。 (てつ) 2005.8.14 UP ◆ 参考文献
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