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◆ 熊野の本地2 五衰殿の女御


 さてさて、これからがいよいよ「熊野の本地」の本編です。

 昔、中インドの摩訶陀国(まかだこく)に6万の国があって、その主の名を善財王と申した。この王の他の国王に優れていた点は、第一に内裏の広大さである。この内裏の内の広さは1周するのに7日7夜もかかり、その回廊は1周するのに42日もかかるほどである。

 この王に1000人の后がいらっしゃって、それぞれが都を構えて住んでいた。この1000人の后のうち、西の端に住む后は、源中将の娘で、五衰殿の女御(ごすいでんのにょうご)と申した。または善法女御とも申した。この女御は1000人の后中、一番の醜女であった。大王はこの后をただ捨て置いて、この都には通わなかった。なので、垣根も壊れ、扉もない。御簾はあるが、朽ち果てて、ただその残骸があるばかりである。虎や狼が多く乱れ入ってきて恐ろしいこと並々でない。天上の五衰は人間にもあるものだと考えると、寝床に入ってからも涙ばかりが尽きることなく溢れてくる。

 五衰とは、天人に死が迫ると現れるという5つの衰えのしるしのことです。
 その5つのしるしとは、『涅槃経』によると、衣服垢穢・頭上華萎・身体臭穢・腋下汗流・不楽本座。この五つ。
 天人は輪廻にあるもののなかで最も恵まれた生活を送りますが、その天人もいつかは必ず死を迎えます。
 これまでの功徳を使い果たした天人は、死を迎え、また別の生を受けます。人間に生まれるか、地獄に生まれるか、餓鬼に生まれるか、畜生に生まれるか、修羅に生まれるか。
 五衰が現れ、我が身の死を知った天人は、神通力で自分の来世の姿を見てしまい、深く失望します。自分が来世、ひどく恵まれない環境に生まれることを知るからです。そして、天人は失意のさなか、死んでいくのです。

 ともかくも、五衰殿の女御。こんな不吉で汚らしい名で呼ばれる后は、よほどの醜女であったのでしょう。

 后(五衰殿の女御)は、「人も世も恨むまい。悲しいけれど、これは過去の宿業である」とお思いになって、千手三尺の千手観音を迎え、祈ったところ、観音の御利益は今に始まったことではない、后は生まれ変わりを経ずして、その身のまま、仏と同じ三十二相八十種の美貌を備えた金色の身体となった。その身から光を出して周囲を照らす。見ると、宮中も光り輝くばかりである。

 仏がお示しになさることなので、大王は一途にこの宮へ行きたい気持ちになって、行幸された。后の姿を見て、「これは夢か現か」と叫ぶ。大王はこれを見て、ずいぶんと長い間、この宮には来なかったのだと思われた。
 その間、ただひたすら仏を念じていたことを、后が涙を流し、泣き泣き申し上げたので、大王はこれを聞いて、衣の袂を顔に押しあてて涙を落とされた。それから後は、この后だけを寵愛し、他の后のことは顧みなくなった。

 残りの999人の后達は集まって相談したことは、いかばかりであったろうか。1人が思うことでも罪深いのに、まして999人が思ったことの罪深さはいうまでもない。「多勢に無勢」とは叶わぬことをいうが、999人がそれぞれに考えたことをもとに、どうしたものかとみなで計画を練った。

 大王は、この后の腹に王子でも王女でもできたらなあとお思いになった。しかし、いまだ1人の王子も生まれないので、大王は嘆いて、仏に祈った。すると、祈ったかいあって、善法女御は懐妊なさった。

 残りの后達はこのことを聞いて、相談したことには、「安心できないことですよ。大してよくない仲でも、子を設けたら睦まじくなるもの。まして王子もいまだおられぬところへ、珍しい王子でも王女でもできたなら、私達は永久に捨てられてしまう。どうしよう」と、おのおの、涙に咽んで嘆きあった。
 后達が西の女御(五衰殿の女御のこと)御懐妊を喜んでいる態で、大王の御前に参って申しあげることには、「后の御懐妊を承りました。王子でも王女でもおできになったら、私達、990人(なぜ990人? 999人でなくて。単なる書き間違えでしょうけれど)みなで大切にお世話申し上げましょう。これよりめだたいことはございますまい」
 そうは申し上げたものの、各々の心は嫉妬のほのおで燃え出すばかりである。水ならば漏れて見えないばかりである。だから、『華厳経』には、「女人は地獄の使い、よく仏の種子を断つ。外面は菩薩に似ているが、内心は夜叉のごとくである」といっている。この后達の態を大王はまことと思われて、「よきかな、よきかな」とおっしゃった。

 999人の后達は第1から第7に当たる宮殿に集まり、「どうしようか」と嘆きあった。まず生まれてくる王子の果報の程を知ろうとして、ある占い師を召して、この王子のことお問いになった。「菩薩女御(五衰殿の女御のこと)の孕みなさったのは、王子か王女か。またその果報の程を占って申せ。不審に思われるのです」
 占い師は、書物を開いて占って申したのには、「孕みなさっている御子は王子でいらっしゃいますが、御寿命は8500歳です。国土安穏にして、この王の治世、万民がみな自由自在で、快楽をもたらす王者であります」

 后達は火が出るほど手をきつくつかんで、占い師に仰せられたのには、「この王子のことを大王の御前で私の言うままに占って申し上げなさい。褒美は望み通りに取らせよう。この王子はお生まれになって7日目に九足八面の鬼となって、身体から火を出し、都をはじめ、天下をみな焼き尽くしてしまうでしょう。この鬼は三色で、身の丈は60丈(1丈はおよそ3m)を超えます。大王は食われてしまいます。このように申すのです」。また、「鬼波国より99億の鬼王が来て大風を起こし、大水を出して、天下をみな海にしてしまうでしょうと申し上げなさい」と言って、后達は各々の分に従って、褒美を占い師に与えた。ある后は金500両、またある后は金1000両を与え、それだけでなく、綾錦などの織物類は莫大なほどに与えた。
 占い師は喜んで、「承りました」と返事を申し上げた。后達は「他言無用」と口止めなさった。占い師は「どうして仰せに背きましょうか」と申し上げて去った。

 中1日おいて、后達は大王の御所に参って、相談なさるには、「后の御懐妊のこと、王子か王女か気掛かりです。早く承りたいものです。占い師を召してお聞きなさい。あまりに気にかかりますこと」。
 そのとき、大王も「もっともなことだ」と思われて、件の占い師を召した。后達は、事前に申し付けていた菩薩女御のお産のことを、「子はどちらか申せ」と言いながら、約束を違えないだろうかと、各々の心のうちはまるで鬼のようである。

 占い師は雑書(人の運勢などについての俗説を記した書物)を開いて目録を見てみると、王子の果報のすばらしいことは申すまでもない。「后の御年はいかほどですか」と、占い師が問うと、后は「360歳」と答えられた。占い師は日記にまかせて見ると、涙が出てきてとまらない。「これほどすばらしくいらっしゃる者を、あらぬように申すことの心苦しさよ」とは思うけれども、しかしながら、以前の約束のようにように占って申し上げた。

 大王はこのことをお聞きになって、「親となり、子となること、たまたまにも有り難いことである。この世だけのことではない。今日までいまだ子というものを見たことがない。いかなる鬼でも生まれてくるものならば生まれてこい。互いに親と子と知って、1日でも見て後なら、どうなろうとも苦しくは思わない」といって、用いもしなかった。

 話はまだまだ続きますが、今回は取りあえずここまで。

(てつ)

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 ◆ 参考文献

西尾光一・貴志正造 編 鑑賞日本古典文学第23巻『中世説話集 古今著聞集・発心集・神道集』角川書店

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■熊野の本地
1 熊野十二所権現
2 五衰殿の女御
3 異常出産
4 捨て子
5 八咫烏の導き
6 熊野牛王宝印

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