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平治物語2 悪源太義平の提案

平治物語 現代語訳2 悪源太義平の提案

 1 信西打倒の議 2 悪源太義平の提案 3 信西出家の由来
 4 信西が示した不思議 5 清盛、熊野権現に祈る 6 清盛、六波羅に着く

 平治の乱を描いた軍記物語『平治物語』より熊野が関連する箇所をピックアップ。

「信西の子息尋ねらるる事 付けたり除目の事 並びに悪源太上洛の事」より

 義朝の嫡子、鎌倉の悪源太義平(あくげんた よしひら)は母方の祖父三浦の許にいたが、都で騒動が起こったと聞いて、馬に鞭を打って馳せ上って来たところ、この度の除目(じもく:大臣以外の諸官職を任命する朝廷の儀式)に間に合った。

 信頼はたいそう悦んで、
「義平よ、この除目に間に合ったことは幸運であるぞ。大国か小国か、また官職も与え、位階を昇らせよう。合戦でもまた大いに働いてくれ」とおっしゃると、義平が申し上げるには、
「保元の乱で伯父鎮西八郎為朝を宇治殿の御前で蔵人にされたときに、慌ただしい除目であることだと辞退申し上げたのは、もっともなことである。義平に軍勢をお与えださいませ。

 阿倍野にまで駆け向かって、平家を待ち伏せするならば、清盛は熊野参詣から下向なので、浄衣ばかりでありましょう。軍勢の真ん中に取り込めて攻めれば、命は助かろうと思って山林へ逃げ込みましょう。そうして追い詰め追い詰め捕えて、首をはねて獄門にかけ、その後に信西を亡ぼし、そして世が治まってから、大国で小国でも、また官職も位階が昇ることもことごとく思うように進みましょう。

 目に見えた勲功もないのに先に恩賞をいただいても何になりましょう。ただ義平は東国で兵どもに常々呼ばれつけていますので、本のままの悪源太でいましょう」と申し上げた。

 信頼は、
「義平の申したことは粗暴なことである。阿倍野まで向かって馬の足を疲れさせて何になろう。都に入れて中に取り込めて討つのに、何ほどのことがあろうか」とおっしゃり、この案にみな従った。まったくこれが運の尽きとなったのだ。


 平清盛を京に入れずに討つことができたのならば、藤原信頼のクーデターは成功して歴史が変わったかも!?

 

 

(てつ)

2012.4.20 UP

参考文献