■ 熊野の説話 |
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◆ 三体の月 |
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熊野の中辺路町や本宮町では、旧暦11月23日に昇る月が三体に見えるという伝承があります。 中辺路町の高尾山で修行していたひとりの修験者が野中(のなか)、近露(ちかつゆ)の里に降りてきて、「11月23日の月が出たとき、高尾山の頂きで法力を得た。村の衆も11月23日に高尾山に登り、月の出を拝むがいい。三体の月が現われる」と里人に告げ、立ち去った。 中辺路町では、高尾山の他に、上田和(うわだわ。熊野古道・中辺路、悪四郎山を越えた所)や要害森山(ようがいのもりやま。口熊野と奥熊野の境界であった三越峠の南にそびえる)でも11月23日に三体の月を見ることができるとの伝承があって、近隣の人々は山中で月待ち行事を行いました。本宮町では大瀬(おおぜ)などで三体月の伝承があり、やはり11月23日の夜は月待ちをしました。 「月待ち」とは、特定の月齢の夜、地域の人々が寄り合って、月の出を待って月を拝む行事のことをいいます。 夏の二十三夜待ちなら、大変なこともないでしょうけれど、真冬の二十三夜待ちとなると、ちょっと辛そうですね。寒空のもと、火を焚いて、暖かい食べ物を食べたり、酒を飲んだりして、団らんを楽しみながら、深夜の月の出を待ったのでしょうか。 急な冷え込みによって大気が乱れ、そのために光が屈折し、三体に見えるのだという説があり、また、「幻月(げんげつ)」なのではという説もあります。 「幻月」とは、空気中の氷の結晶による光の屈折で起こる大気現象で、月の両脇に幻の月のような光が現われる非常に珍しい現象です(太陽にも見られる現象で、太陽の場合は幻日(げんじつ)と呼ばれます)。 三体の月が現われるというと、『長寛勘文』の『熊野権現垂迹縁起』が思い起こされます。 熊野権現は唐の天台山から飛行し、九州の彦山(ひこさん)に降臨した。それから、四国の石槌山、淡路の諭鶴羽(ゆずるは)山と巡り、紀伊国牟婁郡の切部山、そして新宮神倉山を経て、新宮東の阿須賀社の北の石淵谷に遷り、初めて結速玉家津御子と申した。その後、本宮大湯原イチイの木に三枚の月となって現れ、これを、熊野部千代定という猟師が発見して祀った。これが熊野坐神社の三所権現である。 とされており、熊野本宮大社旧社地「大斎原」でも三体の月が見えたことがあったように思われます。 旧暦の11月23日の月待行事は現在でも毎年、中辺路町と本宮町で行われています。中辺路町では熊野古道・中辺多和茶屋跡付近で、本宮町では大瀬の馬頭観音堂付近で深夜に観月会が行われています。本宮町大瀬での観月会についてはそまのおさんぽフォトアルバムをご覧ください。 2006年12月5日夜、掲示板に和歌山県有田川町にお住まいの未完屋さんという方から下記のような書き込みがありました。 明けましておめでとうございます。初めて書き込みさせていただきます。有田川町の者です。 先ほど夜空を見上げると三ケ月がちょうどお皿のような形でしかも3重に重なって見えているのです。私が目をコスっても少し時間がたっても場所を移動しても「三杯の月」に見えるのです。 これは、熊野に伝わる伝説の月ではないかとネットで検査をしてこの掲示板にたどり着きました。 結構今感動しています。誰かに言いたくなって書き込みさせていただきました。デジカメで1枚撮影しましたが、ファインダーを覗くと普通の三ケ月になってしまっています。これってやっぱし目の錯覚なのでしょうかねぇ? その後、掲示板でやりとりして未完屋さんから画像をいただきました。 H18年(2006)1月5日17:00ごろの写真です。撮影場所は我が家の庭。 21:30ごろ。 三体月は実際に起こりうる現象です。目の錯覚といえばそうともいえますが、その場にいる人ならば誰もが見ることができます。個人的な目の錯覚ではなく、虹のような自然現象です。 三体月はもちろん虹のように頻繁に見れるものではありませんので、未完屋さんはとても幸運です。羨ましいです。 未完屋さん、書き込み及び画像提供、ありがとうございます。 (てつ) 2002.11.10 UP ◆ 参考文献
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