■ 熊野の説話 簡略版

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◆ 仁徳天皇皇后、御綱葉を採取


 『日本書紀』巻第十一、仁徳紀に、

 三十年の秋九月十一日に皇后は紀の国に遊行なさって、熊野の岬にお着きになり、そこの御綱葉(みつなかしは)を取ってお帰りになった。
 そこで、天皇は皇后の不在を伺って、八田皇女(やたのひめみこ)を召して宮中にお入れになった。皇后は難波の渡りにお着きになり、天皇が八田皇女を召したとお聞きになって、たいそうお恨みになる。
 採ってこられた御綱葉を海に投げ入れて、岸に泊まられなかった。(後略)

 第十六代仁徳天皇皇后、磐之媛(いわのひめ)が熊野の岬まで来て採って帰ったという御綱葉。日本古典文學大系の語注によると、「ミツナカシハはミツノカシハの転。三角葉。豊明・神供などに酒を盛る葉」とのこと。
 豊明(とよのあかり)とは、宮中で催される宴会、酒宴のこと。

 「かしは」という古語は、現在のコナラ属のカシワだけを指す言葉ではなく、古くは「食物や酒を盛ったり、包んだりするのに使われた、広く堅い葉の総称」を意味していました。
 それでは、「みつなかしは」が、現在のどの木に当るのか、というと、一般にはウコギ科のカクレミノを指すとされているようです。

(てつ)

2006.7.19 UP

 ◆ 参考文献

日本古典文學大系67『日本書紀 上』岩波書店
宇治谷孟『日本書紀〈上〉』講談社学術文庫

   

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