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◆ 南方熊楠が守った森と、熊野三山とその元宮・古宮をめぐる旅(お車で)


 熊野が誇る世界的博物学者、南方熊楠が守った森をめぐる旅+熊野三山+その元宮。
 京阪神方面からお車でお越しの場合。
 2泊3日。1日目に田辺・本宮をめぐり、本宮で宿泊。2日めに新宮・那智をめぐり、勝浦で宿泊。 3日めに帰途につく。

 田辺まで鉄道などで来てレンタカーを利用されてもよいでしょう(駅レンタカー田辺営業所。紀伊勝浦や新宮の営業所で乗り捨て可能)。

 東京方面から飛行機でお越しの場合は南紀白浜空港からレンタカーを利用。 南紀白浜空港正面にニッポンレンタカーの南紀白浜空港営業所があります。他の営業所への乗り捨て(ワンウェイ・レンタル。要予約)も可能ですので、白浜に戻らず、勝浦営業所で乗り捨てすることができます(JAL 国内航空券予約ニッポンレンタカー予約)。

田中神社八上神社引作の大クス

 1日目
 JR紀伊田辺駅
  ↓ 徒歩10分
 闘鶏神社(有料駐車場あり)
  ↓ 車で約20分
 八上神社(八上王子)(駐車スペースあり)
  ↓ 車で約1分
 田中神社(無料駐車場あり)
  ↓ 車で約40分
 野中の一方杉(継桜王子)(駐車スペースあり)
  ↓ 車で約20分
 熊野本宮大社(無料駐車場あり)
 熊野本宮大社旧社地「大斎原」

 本宮で宿泊湯の峰温泉川湯温泉渡瀬温泉など)

 2日め
 本宮
  ↓ 車で約50分
 神倉神社(無料駐車場あり)
  ↓ 車で約5分
 熊野速玉大社(無料駐車場あり)
  ↓ 車で約20分
 引作の大クス(引作神社)(駐車スペースあり)
  ↓ 車で約50分
 熊野那智大社&那智山青岸渡寺(有料駐車場あり)
 那智の滝

 勝浦で宿泊

 3日め
 帰途につく

 

  • 闘鶏神社(和歌山県田辺市湊)
    当田辺の闘鶏権現のクラガリ山の神林またなかなかのものにて、当県で平地にはちょっと見られぬ密林なり。……しかるに、小生の舅二年前に死亡後の神主、たちまち世話人と申し合わせ、右の健壮の大樟を枯損木と称し、きり尽くし根まで掘り売り、神泉全く滅す。小生これを知らず、珍しき健壮大樟の写真とり保勝会長徳川候へ呈せんと六月末に行きしに、右の次第ゆえ大いに呆れ、郡役所へかけあうに、枝の一部に枯損ありしゆえ枯損木なりという。それは鳥が巣を作りたるなり。……よって甚(いた)く抗議せしに、郡長止むを得ず、件の社の社務所より世話人を集め語る。その最中に発頭人(前郡長たりし人)口より涎出で動くこと能わず、戸板へのせ宅へ帰り、五日ばかり樟のことのみ言いちらし狂死す。ほかに今二本の大樟を枯損木と称し、すでに伐採の許可を得たるも、小生見るに少しも枯損の趣きなし、これは残る。……(「南方二書」より)

  • 八上神社(和歌山県西牟婁郡上富田町岡)
    また西行の『山家集』に名高き八上王子(やかみのおうじ)、平重盛が祈死で名高き岩田王子等も、儼然として立派に存立しおるを、岩田村役場の直前なる、もと炭焼き男の庭の鎮守たりし小祠を村社と指定し、これに合併し、その跡の神林(シイノキの大密林なり、伊藤篤太郎博士の説に、支那、日本にのみ見る物なれば、もっとも保護されたしとのこと)、カラタチバナなどいう珍植物多きを伐り尽して、村吏や二、三の富人の私利を営まんと巧みしを、有志の抗議で合祀は中止したが、無理往生に差し出さしめたる合祀請願書は取り消さざるゆえ、何時亡びるか分からず。(「神社合祀に関する意見」より)

    八上神社

  • 田中神社(和歌山県西牟婁郡上富田町岡)
    この辺に柳田国男氏が本邦風景の特風といえる田中神社あり、勝景絶佳なり。……よって小生このことを論じて大いに村長をやりこめ、合祀の難をのがれ今日までも存立しおる。(「南方二書」より)

    田中神社

  • 野中の一方杉(和歌山県田辺市中辺路町野中)
    また野中王子社趾には、いわゆる一方杉とて、大老杉、目通り周囲一丈三尺以上のもの八本あり。そのうち両社共に周囲二丈五尺の杉各一本は、白井博士の説に、実に本邦無類の巨樹とのことなり。またこれら大木の周囲にはコバンモチというこの国希有の珍木の大樹あり。托生蘭(たくせいらん)、石松類(なんかくらんるい)等に奇物多し。年代や大いさよりいうも、珍種の分布上より見るも、本邦の誇りとすべきところなる上、古帝皇将相が熊野詣りごとに歎賞され、旧藩主も一代に一度は必ずその下を過(よぎ)りて神徳を老樹の高きに比(よそ)え仰がれたるなり。すべてかかる老大樹の保存には周囲の状態をいささかも変ぜざるを要することなれば、いかにもして同林の保存を計らんと、熊楠ら必死になりて抗議し、史蹟保存会の白井、戸川〔残花〕二氏また、再度まで県知事に告げ訴うるところあり。知事はその意を諒とし、同林伐採を止めんとせしも、属僚輩かくては県庁の威厳を損ずべしとて、その一部分ことに一方杉に近き樹林を伐らしめたり。過ちを改めざるを過ちと言うとあるに、入らぬところに意地を立て、熊楠はともあれ他の諸碩学の学問上の希望を容れられざりしは遺憾なり。(「神社合祀に関する意見」より)

    継桜王子

  • 熊野本宮大社(和歌山県田辺市本宮町本宮)
    熊野は本宮、新宮、那智を三山と申す。歴代の行幸、御幸、伊勢の大廟よりはるかに多く、およそ十四帝八十三回に及べり。その本宮は、中世実に日本国現世の神都のごとく尊崇され、諸帝みな京都より往復二十日ばかり山また山を踰(こ)えて、一歩三礼して御参拝ありし。……しかるに、在来の社殿、音無川の小島に在(おわ)せしが、去る二十二年の大水に諸神体、神宝、古文書とともにことごとく流失し、只今は従来の地と全く異なる地に立ちあり。万事万物新しき物のみで、露軍より分捕の大砲など社前に並べあるも、これは器械で製造し得べく、また、ことにより外国人の悪感を買うの具とも成りぬべし。(「神社合祀に関する意見」より)

  • 熊野本宮大社旧社地(和歌山県田辺市本宮町本宮)
    これに反し、流失せし旧社殿跡地の周囲に群生せる老大樹林こそ、古え、聖帝、名相、忠臣、勇士、貴嬪(きひん)、歌仙が、心を澄ましてその下に敬神の実を挙げられたる旧蹟、これぞ伊勢、八幡の諸廟と並んでわが国の誇りともすべき物なるを、一昨夏神主の社宅を造るとて目星(めぼし)き老樹ことごとく伐り倒さる。吾輩故障を容れしに、氏子総代、神主と一つ穴でよう言(※ようげん。「よう」は原文では漢字、「風偏に易」。公然と言いふらすこと※)揚々として、むかしよりかかる英断の神官を見ず、老樹を伐り倒さば跡地を桑畑とする利益おびただしとて、その時伐採り見て哭(な)きし村民を嘲ること限りなし。その神主は他国の馬骨で、土地に何の関係なければ惜し気もなくかかる濫伐を遂げ、神威を損じ、たちまち何方へか転任し、今日誰が何と小言吐くも相手なければ全く狐に魅(つま)まれしごとし。(「神社合祀に関する意見」より)

  • 神倉神社(和歌山県新宮市神倉)
    次に新宮には、ちょうど一昨年中村氏が議会へこのことを持ち出さぬ前にと、万事を打ち捨てて合祀を励行し、熊野の開祖高倉下命(たかくらじのみこと)を祀れる神倉社とて、火災あるごとに国史に特書し廃朝仰せ出でられたる旧社を初め、新宮中の古社ことごとく合祀し、社地、社殿を公売せり。(「神社合祀に関する意見」より)

  • 熊野速玉大社(和歌山県新宮市新宮)
    神倉神社が元宮だとされます。

  • 引作の大クス(三重県南牟婁郡御浜町引作)
    引作神社のご神木。紀伊半島最太の木。推定樹齢1500年。
    明治44年に付近にあった杉の大樹とともに伐採されることになったのですが、このことを知った熊楠は、民俗学者で当時内務官僚であった柳田国男に至急便の手紙を出し、伐採の中止を働きかけるよう要請しました。
    柳田は三重県知事に書簡を出し、伐採を中止するよう働きかけ、危ういところでこの大クスだけは伐採を免れました。

    引作の大クス

  • 那智山(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山)
    ことに苦々しきは、只今裁判進行中の那智山事件にて、那智の神官尾崎とて、元は新宮で郡書記たりし者が、新宮の有力家と申し合わせて事実なき十六万円借用の証文を偽造し、一昨年末民有に帰せる那智山の元国有林を伐採し尽して三万円の私酬を獲んと謀り、強制伐木執行に掛かる一刹那検挙されたるにて、このこともし実行されなば那智滝は水源全く涸れ尽すはずなりしなり。(「神社合祀に関する意見」より)

 神倉神社・速玉大社・引作の大クスは順番を、速玉大社・引作の大クス・神倉神社のように入れ替えてもよいかも。引作の大クスが三重県御浜町なので、いったん那智から離れた方向に行ってまた新宮に戻って那智に向かうので。

 南方熊楠を訪ねる旅(東京方面から飛行機+バス or レンタカー)
 南方熊楠を訪ねる旅(本宮方面から車で)
 南方熊楠を訪ねる旅(東京方面から飛行機+レンタカー)

羽田から飛行機で熊野のレンタカー田辺へのアクセス
田辺の宿泊施設本宮の宿泊施設勝浦の宿泊施設

(てつ)

2009.5.13 UP

 

 

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