■ 熊野の観光名所 |
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◆ 那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ) 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8 |
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西国三十三所霊場の第一番札所 那智山青岸渡寺
しかし、明治の神仏分離令は、もともと一体であった神仏習合の霊地に、神か仏かのどちらか片方を選択するように命じました。本宮も新宮も神を選び、仏を捨て、寺院は取り壊されました。那智でも、神を選び、廃仏毀釈を行いました。いくつもの仏寺や坊舎が取り壊されました。那智権現は明治4年(1871)に「熊野那智神社」と称し、仏教・修験道を排した神社となりました。 青岸渡寺(如意輪堂)の創建は、仏教伝来以前の仁徳天皇の御代(313〜399)にインドから熊野に漂着した裸形上人(らぎょうしょうにん)が那智大滝にて滝修行中、滝壷から八寸(約24cm)の観音像を感得し、草堂をむすんでこれを安置したのが始まりと伝えられています。その後、7世紀頃に大和国から生仏という僧が来て、一丈(およそ3m)の如意輪観音の木像を彫り、裸形上人が得た観音像を胸に納めて本尊とし、正式に本堂が建立されたそうです。本尊を如意輪観音とすることから如意輪堂という名も付けられました。 後に青岸渡寺(如意輪堂)は、西国三十三所霊場の第一番札所となります。
青岸渡寺の現在の本堂は、織田信長の焼き討ちにあったのを豊臣秀吉(1536〜11598)が1590年に再建した桃山様式の建築で、南紀最古の建築物です。重要文化財に指定されています。 ◆ 参考文献
(てつ) 2009.9.9 UP
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