藤原秀能(ひでよし or ひでとう)。寿永3年(1184)生まれ、仁治元年(1240)没、57歳。
父は河内守秀宗。母は源光基の女。承久の乱の際に大将軍となった秀康の弟。
16歳のとき後鳥羽院(1180〜1239)の北面の武士に召され、歌人としても活躍。和歌所寄人に寄人中最年少の18歳で加えられます。
左兵衛尉・左衛門尉・河内守などを経て、従五位上出羽守に至り、承久三年(1221)、承久の乱の際には大将となりましたが、敗れて熊野で出家、如願を号しました。
貞永元年(1232)、後鳥羽院が隠岐で編んだ『遠島御歌合』に歌を寄せています。新古今集初出。家集『如願法師集』があります。
・『新古今和歌集』より2首
熊野に詣で侍(はべり)し時たてまつりし歌の中に
奥山の木の葉のおつる秋風にたえだえ峰の雲ぞのこれる
奥山の木の葉が落ちる秋風に絶え絶えながらも残っているのはとぎれとぎれの峰の雲ばかりである。
隠岐での除棄歌。
月すめばよもの浮雲空にきえてみ山がくれにゆくあらしかな
月が澄むと四方の浮き雲は空に消えて深山に隠れて嵐が去ってゆく。
(巻第十六 雑歌上 1524・1525)
・『如願法師集』より1首
熊野御幸の時、秋の歌めし侍りしに
下もみぢうつろひゆけば玉ぼこの道の山風さむくふくらむ
もみじの下葉が散っていくので、道を吹く山風は寒くなるだろうよ。
「下もみぢ」は樹の低いところの紅葉。
「玉ぼこの」は「道」「里」にかかる枕詞。
この歌は紀貫之の「たまぼこのみちの山風寒からばかたみがてらに着なんとぞ思ふ」(新古今集巻第九857)を本歌とする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(てつ)
2003.3.25 UP
◆ 参考文献
新日本古典文学大系11『新古今和歌集』 岩波書店
|